二列で読んで

 鷺坂露子の姪、麻緒は、離婚した父親の家で夏休みを過ごしていた。

 姉は一か月前から連絡が取れない。

 麻緒の父親は「母親は男と出ていった。娘まで不安にさせたくない」と説明し、警察にも同じことを話していた。

 麻緒からは一日一回、短いメッセージが届いた。

〈たくさん本を読んでるよ。はやく宿題も終わらせるね〉

〈すごく涼しい部屋だから平気。はじめは怖かったけど慣れたよ〉

〈けいたいは夜だけ借りてる。もう電話はしなくていいよ〉

〈てんきが悪いから外には出てない。ここなら雨にもぬれないよ〉

〈ちいさな窓が一つある。ここから車のタイヤだけ見えるよ〉

〈かえる日はまだ分からない。にちようびも迎えに来ないで〉

〈しんぱいしないでね。いま、お母さんもよく眠ってる〉

〈つぎの連絡まで待ってて。るす番ならできるから大丈夫〉

 どの文章も麻緒らしくなかった。

 絵文字を一つも使わず、ひらがなが多い。電話をかけても父親が出て、「今は寝ている」と切られた。

 露子は八通を紙へ書き写した。

 麻緒が幼いころ、二人で秘密のメッセージ遊びをしたことがある。誰かに読まれているときは、各文の最初の文字をつなげる。

 一つ目の文の頭だけを読む。

 た、す、け、て、ち、か、し、つ。

〈たすけて ちかしつ〉

 続いて二つ目の文の頭を読んだ。

 は、は、も、こ、こ、に、い、る。

〈ははも ここにいる〉

 露子は警察へ通報した。

 姉が家を出たのではなく、麻緒と一緒に閉じ込められていると説明した。電話口の警察官は住所を聞き、すぐ向かうと言った。

 その直後、麻緒のアカウントから九通目が届いた。

〈おばさん、読めた?〉

 文章はそれだけだった。

 子どもの書き方ではない。

 玄関の呼び鈴が鳴った。

 モニターには麻緒の父親が立っていた。片手に麻緒のスマートフォンを持ち、もう片方の手を背中へ隠している。

「露子さん」

 扉越しの声は穏やかだった。

「最初の文字を読む遊び、あの子に教えたのはあなたですね」

 警察のサイレンは、まだ遠かった。