二十四枚目の空
三枝灯子は、フィルム缶を掌の中で三度転がしてから、写真館ルーメンの扉を開けた。亡くなった親友の部屋を整理したとき、机の奥から出てきた一本だった。側面には油性ペンで、二人が海へ行った年の夏の日付が書かれていた。親友は写真を撮るたび、この写真館へ現像を頼んでいた。
現像を頼む勇気が出るまで、八か月かかった。そこに自分への最後の言葉が写っている気がしたし、何もなかったら、それも怖かった。
店主は缶を受け取ると、受付票の「至急」に斜線を引いた。通常仕上げの日付を書き、灯子の前でフィルムを遮光袋へ入れた。急かさない代わりに、先延ばしもさせない手つきだった。
一週間後、店内にいた客はまた灯子一人だった。渡された封筒には、二十三枚の写真が入っていた。海辺の自販機、濡れたスニーカー、食べかけのアイス。親友はほとんど写っておらず、灯子ばかりが笑ったり目を閉じたりしていた。最後から二枚目には、帰りの電車の窓へ映る親友の横顔があった。
灯子は二十四枚目を探した。封筒の底にも、ネガの袋にも見当たらない。
店主は無言でネガを光へ透かし、最後の一こまを指した。そこは透明だった。フィルムが切れたのでも、現像に失敗したのでもない。シャッターが押されなかった、ただの空白だった。店主は検品票の二十四番へ「未撮影」と記し、その文字の上から判を押さずに封筒へ戻した。
灯子は、親友が残した最後の一枚に何かを探し続けていた。けれど最後の一枚は、そもそも存在しなかった。彼女の死が自分への伝言になるはずもなかったのだ。
スマートフォンには、地方支社への異動承諾書が保存されたままだった。二人で行くはずだった街に、一人で行くことを決められずにいた。親友は生前、海の向こうの支社へ遊びに行くと言っていた。その約束を果たせないなら、自分も行ってはいけないような気がしていた。
灯子は写真館の小さな机を借り、承諾書を開いた。署名欄へ名前を入力し、送信した。封筒には二十三枚だけを戻した。二十四枚目の場所は、空いたままにした。