二年ぶんの大遠征
わたしの名前は夜汽車。
あの子が、暗くなってから動き出すわたしを見てつけた。あの子自身は、明るい時間にも部屋から出なかった。
最初の夜、回し車を三百回ほど走ると、あの子はノートへ線を引いた。
「玄関まで、到着」
次の夜は、家の前の電柱。
一週間後には、学校の門。
ひと月後には、町を流れる川。
回し車はどれだけ走っても同じ場所へ戻る。それでもあの子は、回転数を距離に直し、地図へ赤い線を伸ばした。
「今日は図書館」
「今夜は隣町」
「海まで、あと四万回」
昼間、あの子は布団の中にいた。学校で何があったのか、わたしは知らない。人間の群れには、歯より鋭い言葉があるらしい。母親が扉の外へ食事を置き、足音を遠ざけると、あの子はようやく起きて、わたしの餌を量った。
「君はいいね。走っても、誰にも会わない」
わたしは答えず、頬袋へ種を詰めた。明日があるかは知らないが、明日のぶんを隠す。それがわたしたちのやり方だ。
ある晩、床材の袋が空になった。母親は熱を出して寝ていた。あの子は一時間、玄関の前に立っていた。
それから上着を着た。
帰ってきた靴には、雨と土の匂いがした。腕には新しい床材が抱えられていた。
「本物の道は、回っても同じ場所じゃなかった」
その日、地図の赤い線が初めて、わたしの走った距離を追い越した。
やがてあの子は週に一度図書館へ行き、次には午前だけ学校へ行った。うれしい日も、戻って泣く日もあった。夜になると、地図の続きを一緒に進んだ。
二年目の冬、わたしの脚は回し車についていかなくなった。
あの子は車を外し、手のひらへわたしを乗せた。
「海まで連れていけなくて、ごめん」
違う、と伝えたかった。
わたしは一度もこの部屋を出なかった。それでも、あの子が玄関へ着き、川を越え、明日のぶんを自分で隠せるところまで、確かに一緒に走った。
最後の夜、あの子の指の匂いに鼻を寄せ、目を閉じた。
春、あの子は本当の海へ行った。
持っていった地図の終点へ、小さな丸を描く。その横に〈到着〉ではなく、〈ここから出発〉と書いた。
わたしの大遠征は二年で終わった。
あの子の旅は、そこから始まった。