二本目の牛乳

離婚して三年、銭村真弓の娘は一度も家へ来なかった。

連絡先は消されていない。だからこそ、既読のつかない短い文を何通も送り、誕生日には玄関先へ贈り物を置き、元夫を通じて近況を聞こうとした。娘から返ってきたのは、一度だけだった。

〈待っていると言われると、帰れなくなる〉

それでも真弓は待った。

ある朝、冷蔵庫の買い物機能から、七年後の補充通知が届いた。

〈低脂肪乳 二本。来客用を忘れないこと〉

添付された庫内写真には、娘が高校時代に使っていた青いコップが映っていた。真弓は、その一枚を再会の証明だと思った。

翌日から牛乳を二本買った。一週間で一本余り、捨てた。次の週も、その次も同じだった。未来の来客日まで七年あるのに、今日来る可能性を捨てきれなかった。

半年後、牛乳を流しへ捨てる自分を見て、真弓はようやく笑った。娘を待つと言いながら、自分は空の椅子と暮らしている。これでは帰れないと言われても仕方がない。

真弓は二本目を買うのをやめた。娘への連絡も、月に一度の季節の挨拶だけにした。返事を求める疑問符はつけなかった。二年目の冬、娘から雪の写真だけが届いた。真弓は『きれいだね』と送り、会いたいとは書かなかった。代わりに水泳を始め、休日には隣町の図書館で読み聞かせを手伝った。そこで知り合った人と映画へ行き、自分の誕生日には自分で花を買った。娘のいない時間を罰のように過ごすのをやめた。青いコップは棚の奥へしまった。

七年後の朝、例の通知が再び表示された。真弓は低脂肪乳を一本だけ買って帰った。

夕方、チャイムが鳴った。娘が立っていた。手には、自分で買ってきた小さな紙袋があった。

「牛乳、まだ飲む?」

袋には、低脂肪乳が一本入っていた。

二人は台所で、互いに持っていた牛乳を一本ずつ冷蔵庫へ入れた。青いコップを出そうとした真弓を、娘が止めた。

「それ、もう子どもっぽいから。普通のを貸して」

真弓は白いコップを二つ並べた。

七年前、二本目は空の椅子のために買っていた。今、冷蔵庫に並ぶ二本は、それぞれが自分の暮らしから持ってきたものだった。真弓は扉を閉め、娘に最近見た映画の話をした。再会した理由を尋ねるのは、もう少しあとでよかった。