二枚目の株主名簿
教育AI企業「ノートブルーム」への投資契約締結日、須賀谷美琴は法律事務所のパラリーガルとして株主名簿を照合していた。投資後の持株比率は、創業者五十一パーセント、投資家二十九パーセント、従業員枠二十パーセント。創業者支配を維持する条件だった。
名簿の発行済株式は一万株。計算は合う。だが契約書の別紙を留めたホチキスの下に、薄い青い紙片が見えた。
美琴が針を外すと、同じ題名の二枚目が出てきた。そこには「顧問保有予約株式 三千株」とある。顧問は投資を仲介したファンド代表・葛城だった。発行されれば創業者比率は四十パーセントを切る。
創業者は、失効した古い案が紛れただけだと言った。
美琴は一枚目の株主名簿を裏返した。代表印の赤が二枚目へわずかに染みている。二枚を重ねた状態で押印され、その後、一枚目だけを正本として見せていた。
二枚目の右下には、投資契約と同日付の取締役会議事録番号がある。電子保管庫で検索すると、その議事録には顧問へ三千株を一株一円で付与する決議が記され、創業者の電子署名も付いていた。
葛城は腕を組んだ。
「成功報酬だ。投資家の経済条件は変わらない」
美琴は希薄化後の表を出した。投資家の二十九パーセントは二十二・三パーセントになる。拒否権の基準二十五パーセントを下回るよう、三千株が設計されていた。
事務所の上司は、美琴へ書類整理だけしていろと囁いた。彼女は二枚目を投資家側の弁護士へ渡した。
「古い案なら、今日の印鑑は押されません」
顧問への株式付与には、投資家の事前同意が必要だと契約書に明記されている。美琴が同意書を求めると、出てきたPDFの署名時刻は会議開始の十分前、署名者の端末はまだ建物へ入館していなかった。二枚目を隠しただけでなく、同意まで後から作ろうとしていた。
投資家代表が署名欄からペンを離した。一株一円の三千株が、十五億円の決裁を止めた。