二百四十三年ぶんの告白
時間航行学院では、卒業生を必要とする時代へ一人ずつ送り出す。
オルカの赴任年は二一七九年。
ティルの赴任年は一九三六年。
同じ都市、同じ校庭なのに、二人のあいだには二百四十三年が置かれた。時間門は一方通行で、卒業後に戻ることも、別の時代へ手紙を出すことも禁じられている。
六年間、二人は航時理論で首席を争い、昼休みには校庭の痩せた銀杏の下でパンを分けた。卒業すれば離れることは、入学した日から知っていた。だから名前のつかない関係のまま、時間だけを使い切った。
式の朝、銀杏にはまだ芽がなかった。
黒い門が二つ並び、片方の向こうには古い街並み、もう片方には空中道路が揺れている。
「最後に規則違反をしよう」
ティルが言った。
「時代を変えるの?」
「もっと重大なやつ」
彼は卒業章を外し、オルカの掌に載せた。
「好きだ。学院にいた六年より、別れたあとの二百四十三年のほうが長くても、たぶん好きだ」
オルカは笑った。泣くと時間門の認証が遅れるので、必死に笑った。
「ずるい。返事を聞いても、責任を取れないくせに」
「卒業するから言える」
「私は、卒業しても好き」
門の警告音が鳴った。
二人は抱きしめる代わりに、銀杏の幹へ左右から手を当てた。細い木は、二人の指先の間で頼りなく震えた。
「二一七九年にも、この木があったら」
オルカが言う。
「俺が守る」
「あなたが死んだあとも?」
「そこから先は、木に頼む」
ティルは一九三六年へ歩き、オルカは二一七九年へ歩いた。
背後で同時に門が閉じた。
未来の校庭に出たオルカは、しばらく空を見上げた。学院は高層都市の谷間に残り、あの場所には巨大な銀杏が立っていた。戦争と火災を越えた樹齢三百年の保存樹だった。
根元の説明板には、最初の保護申請者の名があった。
〈ティル・アーヴェン。理由――卒業生との約束〉
オルカは幹へ掌を当てた。
冷たい樹皮の奥に、彼が生き、年老い、守り続けた時間が幾重にも重なっている。
返事は届かないと分かっていても、彼女は囁いた。
「私も、まだ好きだよ」
風が枝を渡り、黄金色の葉を一枚落とした。
二人の告白は未来を一緒に生きる約束にはならなかった。
ただ、一人が生涯守った木の下で、もう一人が二百四十三年遅れて卒業式の続きを受け取った。