二重の紙コップ
舞台稽古の最中、演出家の柊木が小道具倉庫に閉じ込められた。外から鍵を回され、非常口も内側から家具で塞がれていた。救出に十分を要し、その間に主役の契約書が演出室から消えた。倉庫と演出室を開ける親鍵も、壁のフックからなくなっている。
演出室に出入りできたのは、助監督の綾部、主演の真壁、衣装主任の宇佐美の三人。綾部は演出変更で責任を問われ、真壁は契約解除を恐れ、宇佐美は未払いの衣装費を催促していた。机にはテイクアウトの紙コップが二つあり、片方に「綾部」、もう片方に「柊木」と書かれていた。全員の鞄と衣服を調べても親鍵は出ず、契約書も見つからない。
大道具係の筧は、二つのコップを横から眺めた。
「この部屋が語る手掛かりは三つだけです」
一つ目。同じ店の同じサイズなのに、「綾部」のコップだけ「柊木」より四ミリ高い。
二つ目。「綾部」を持ち上げると、底に二重の円が透け、空のはずなのにもう一方より三十二グラム重い。親鍵と封筒入りの契約書を合わせた重さも三十二グラムだった。
三つ目。コーヒーを買って机まで運び、三人が来る前に名前を書いたのは綾部である。真壁と宇佐美は、置かれた後のコップには触れていない。
真壁は稽古場から動いていないと怒鳴り、宇佐美は針箱まで開けて見せた。三人の言い分がぶつかる間も、二つのコップだけは机の端で静かに並んでいた。
綾部は乾いた笑いを立てた。
「紙が湿って膨らんだだけでしょう」
筧は返事をせず、綾部のコップの縁を両手でつまんだ。白い縁が、もう一枚の白い縁からわずかにずれた。
「膨らんだのではなく、同じコップを二枚重ねた。二枚の底の隙間に親鍵を置けば、身体検査を受けても見つからず、飲み物の容器として机に残せます。四ミリ高いこと、底の円と重さが二重であること、準備を独占したのが綾部さんであること。必要なのはこの三点だけです。名前を書いた外側を残せば、誰も他人の飲み残しを分解しようとはしない」筧が内側の一枚を引き抜くと、平たい親鍵と折り畳まれた契約書が底から滑った。柊木を閉じ込めた十分間まで、紙の薄さに隠されていた。