五分を返す懐中時計

ナディアが差し出した懐中時計は、どこから見ても正確だった。

秒針は滑らかに進み、鐘楼の時刻とも合っている。ただし毎日、彼女が王城の門へ着く直前だけ五分遅れる。

「三度目の遅刻で、明日が最後の機会です」

侍従見習いの採用試験。筆記も礼法も首席なのに、入場時刻だけで落とされかけている。最初の日は門前で四分、二度目は五分、三度目も五分。走って間に合わせようとしたせいで靴を泥だらけにし、礼法点まで引かれた。師が最後に残した言葉は「時間を守る者は、約束を守れる」だったから、時計を疑うこと自体が裏切りのように思えたという。別の時計を持てばよいと言われても、この時計は亡き師から譲られた身分証を兼ね、門の結界を通るため外せない。

修理店《刻み直し》の店主エドラスは、裏蓋を開けずに時計を作業台へ立てた。

「王城の方角を向けてください」

針が五分戻る。反対へ向けると元に戻った。

内部には時刻を整える月石と、方角を記す磁針が重ねて入っていた。以前の修理で、門の結界に反応する磁針が月石を引き、時を巻き戻していたのだ。

エドラスは歯車を一枚抜いた。代わりに紙より薄い琥珀板を挟み、二つの魔力が触れないようにする。時計を止めずに行う作業だ。針先が震えるたび、ナディアの指も強く組まれた。

やがて裏蓋が閉じる。

店の奥には、王城と同じ結界紋を刻んだ検査板がある。時計を近づけても、秒針は一歩もためらわなかった。

ナディアは試しに店の外へ出て、鐘楼を見上げ、また戻る。表示はぴたりと一致している。秒針の音まで、以前より落ち着いて聞こえた。

「遅れていたのは、私ではなかったんですね」

「ええ。だから明日は走らないでください。走ると礼服が乱れます」

初めて彼女は笑った。代金に加え、小さな銀貨を一枚置く。

「これは五分を返してくださった分です」

「時間に値段はつけません」

「では、明日から得る給金の最初の使い道ということで」

時計を胸へしまい、ナディアは背筋を伸ばして去った。

エドラスが作業灯を消そうとすると、入口のベルが、きっかり五分も待たずに鳴った。