五分間の三百年

碓氷真冬が事故で肉体を失ったあと、恋人は毎週日曜の午後九時に接続してきた。

面会は五分だけ。生身の脳を仮想空間へ長くつなぐと吐き気が出るからだ。真冬はその五分を引き延ばさず、現実と同じ速さで過ごした。彼が瞬きをするあいだに考えを何千回も巡らせることはできたが、そうしなかった。

「今週、何してた?」

彼に訊かれるたび、真冬は少し困った。面会のない時間、既定速度では現実の一日が仮想の四十年に相当した。最初の一週間で、真冬は三百年を生きた。

彼女は都市を建て、七つの言語を作り、住民役の人工人格たちを育て、文明が海へ沈むところまで見届けた。それでも翌週、彼は七日前とほとんど同じ顔で現れた。

「寂しかった?」

三百年分の答えを、真冬は「少しね」に縮めた。

会うたびに、彼の癖だけが鮮明になった。考えるとき右の眉を上げること。嘘をつくと鼻の脇を触ること。真冬がいない部屋にも、二人分のマグカップを出していること。

だが十回目の面会で、彼は言った。

「来週は出張で来られない」

真冬は笑って送り出した。接続が切れた途端、恐怖が押し寄せた。次に会うまで六百年。彼の顔を忘れないため、記憶を石碑に刻み、毎日読み上げた。けれど五百年目、鼻の脇を触るのが右手だったか左手だったか分からなくなった。

二週間後、彼が現れた。

「ただいま」

真冬は、古代の人を見るように彼を見た。それから設定画面を開き、時間倍率を一倍にした。

管理AIが警告した。思考速度を落とせば、永遠に作れるはずの世界も、読める本も、会える人も激減します。

「それでいい」

彼女は答えた。

二人はそれから四十二年、日曜ごとに五分ずつ会った。彼の髪は白くなり、声は細くなった。真冬にとっても四十二年だった。以前なら一日の端数にもならない長さを、二人は同じ速度で失った。

最後の面会で、彼は鼻の脇を左手で触った。

「来週も来るよ」

嘘だと分かった。真冬は指摘せず、五分が終わるまで手を握った。

永遠を手に入れた彼女が選んだのは、無限の時間ではなかった。

同じ速さで、誰かを失える時間だった。