交互に届く手紙
脅迫状と励ましの手紙は、一日おきに届いた。
亡くなった資産家の長男を名乗る手紙は、遺産を返せと未亡人を責めた。次の日には長女を名乗る便箋が届き、兄の言葉を気にしないでください、と慰めた。二人は幼いころ別々の家へ養子に出され、互いに会っていないという。
不思議なのは、脅迫状も励ましの手紙も、封筒の右下だけが三角に折れていたことだ。さらに、どちらも「相続」の「続」の糸偏を一画多く書く。筆跡は違う。兄は角張った黒インク、妹は丸い青インクだった。
未亡人は妹の手紙だけを信じ、相談相手として返事を書き始めた。妹は、兄を説得するために遺言書の写しが必要だと言った。私は送付を止めたが、未亡人は「味方まで疑うのですか」と怒った。
兄の手紙は未亡人しか知らない夫婦の旅行先を挙げ、妹の手紙は寝室の金庫が湿気で開きにくいことまで知っていた。二人とも故人から聞いたのだろう、と未亡人は解釈した。だが故人の日記には、婚外子と会った記録が一度しかなく、その日も単数形で「子」とだけ書かれていた。
私は兄宛てと妹宛てに、内容の違う返事を出した。兄には金庫が空だと、妹には遺言書を戻したと書いた。翌日届いた脅迫状は、妹にしか知らせていないはずの金庫の場所を責めていた。
戸籍を調べると、資産家には確かに婚外子が一人いた。ただし記録にあるのは性別非公開の一名だけで、兄妹二人ではない。差出局は毎回違ったが、消印の時刻はすべて午後七時十八分。投函口の映像には、帽子と上着を替えながら同じ指輪をした人物が映っていた。
私は次の励ましの手紙を開封せず、特殊な粉を封筒に塗った。そして「遺言書を金庫から出した」と未亡人に返事を書かせた。
翌晩、書斎へ忍び込んだ人物の両手は粉で青く光った。鞄から黒と青の万年筆が転がり、同じ指に二種類の筆圧をつける薄い添え木が巻かれていた。
「兄はどこです」と私が尋ねると、その人物は妹の丸い声で笑い、次に兄の低い声で答えた。
「今日はこちらが来ました」
交互に届いていたのは、二人の手紙ではない。一人が着替えるための一日だった。