代わりに出ない朝

午前六時十二分、瑠生のスマートフォンが枕元で震えた。

介護施設のグループチャットだった。

《早番の若林さん、発熱。代われる人いますか》

今日は三週間ぶりの休みだった。美容院の予約も、友人との約束もない。ただ何も入れなかった日。だからこそ、瑠生の指はすぐに「出られます」と打ち始めた。

予定がないことを、空いていることだと思われるのが嫌だった。それ以上に、自分でもそう思っていた。誰かが困っているのに休むのは、何かを盗んでいるようだった。現場の忙しさは知っている。入浴介助が一人欠ければ、昼食も記録もずれていく。瑠生が行けば回る。その事実は、役に立てる嬉しさより強く、首輪のように馴染んでいた。

入力欄には「出られます。何時までに行けば」と並んでいる。送信する前に、足元の毛布を見た。昨夜、帰宅したまま眠ってしまい、制服のズボンが椅子に掛かっている。ポケットには、利用者の名前を書いたメモが丸まっていた。休みになったら洗濯しようと思っていた。

チャットにはすでに別の職員が「子どもの送迎後なら九時から」と返していた。管理者からはまだ反応がない。瑠生は自分の文章を消した。代わりに何か理由を書こうとした。通院、家族の用事、体調不良。どれも嘘だった。予定がないだけでは、断る理由として弱い気がした。

窓の外で、ごみ収集車の音楽が鳴り始めた。瑠生は台所へ行き、水を飲んだ。流しには昨夜のカップが一つ。洗おうとして、やめた。まず返信を終わらせなければ、何をしていても休んだことにならない。

ベッドへ戻り、入力欄に書いた。

《今日は出られません》

七文字のあとに、申し訳ありません、と続けた。そこだけ消すのに時間がかかった。冷たい人に見えるかもしれない。事情を説明しない人だと思われるかもしれない。けれど瑠生は、句点をつけて送信した。

すぐに既読が三つついた。胸が跳ねる。管理者から返ってきたのは、《了解です。ほか当たります》だけだった。誰も瑠生の休日を裁かなかった。そのことに安堵するより先に、瑠生は自分がずっと裁判官をしていたのだと気づいた。

スマートフォンを伏せ、制服を洗濯機へ入れる。スタートボタンは押さなかった。今日は休む日で、洗濯をする日ではない。カーテンを半分だけ開け、瑠生はもう一度布団に入った。

眠気はすぐには戻らなかった。施設が今ごろ慌ただしいことも、誰かが代わりに走っていることも消えない。それでも午前六時二十九分、瑠生は目を閉じたまま、次の震えを待たなかった。