代表弁護士の名札
授業参観のあと、鳳来野絵麻は廊下で保護者を集めた。
「今度のいじめ防止講演、うちの主人に頼めばいいわ。大手法律事務所のパートナーだから」
彼女は、水城ヶ丘志緒里の夫が「法律関係」と聞くと、気の毒そうに首をかしげた。
「司法書士さん? 町の相談所も必要よね。でも学校の顧問は、一流の弁護士でないと」
志緒里は訂正しなかった。
翌月、学校法人と新しい法律顧問との契約式が開かれた。絵麻は夫の飛鳥井原諒策を連れ、来賓席の中央へ座った。
「主人が代表として挨拶します」
ところが諒策は壇上へ上がらず、入口から来た志緒里の夫へ席を譲った。
「水城ヶ丘代表、お先にどうぞ」
水城ヶ丘維臣は、国内外に拠点を持つ法律事務所の創設者兼代表弁護士だった。諒策はその事務所で企業法務を担当するパートナーの一人にすぎない。維臣は学校法人の卒業生で、今回の顧問料を教育支援基金へ全額寄付することも決めていた。
絵麻は名札を見直した。
「でも、諒策は次の共同代表になるって……」
諒策が眉を寄せる。
「そんな話はない。家で勝手に役職を作らないでくれ」
講演前、校長が一件の相談を出した。保護者の一人が、成績評価へ不満を持ち、夫の法律事務所名を使って教師へ〈訴訟予告〉を送っていたという。
差出人は絵麻だった。
維臣は文面を確認し、正式な受任も弁護士の監修もないことを説明した。
「法律事務所の名前は、相手を怖がらせる飾りではありません」
諒策は顔を青くし、事務所名の無断使用をその場で謝罪した。絵麻が「子どものためだった」と言うと、志緒里は静かに答えた。
「子どものためなら、夫の肩書ではなく、先生と話せばよかったんです」
学校の顧問契約書へ、維臣が代表者として署名する。諒策は証人欄へ名を記し、妻が持っていた偽の〈代表夫人〉名刺を破棄した。
壇上の名札が〈水城ヶ丘維臣・代表弁護士〉へ差し替えられた瞬間、一流を選別していた絵麻だけが、夫の事務所で一度も存在しない席を自慢していたと知った。