入居者欄の余白

有働郁美は、入居申込書の「入居者」欄へ二人の名前を書いたあと、間取り図に線を引いた。

六畳の洋室には郁美。五畳の洋室には基晴。

「寝室、分けるの?」

向かいに座る基晴が、冗談を聞いたように笑った。

二人で内見したのは、駅から十八分の古い二DKだった。床は少し傾き、台所の換気扇は唸るような音を立てる。それでも扉の閉まる部屋が二つあった。

基晴が最初に提案したのは、駅前の新しい一LDKだ。家賃は同じ。広い寝室にダブルベッドを置けば、雑誌に出てくるような生活になる。

郁美は彼と眠るのが嫌いではない。ただ、一人で眠りたい夜まで説明しなければならなくなるのが怖かった。本を途中で閉じずにいたい夜。誰の寝息にも合わせず、布団を斜めに使いたい夜。それを「機嫌が悪い」に変換されたくなかった。

二十九歳にもなって、同棲するのに個室を欲しがるのは、覚悟が足りないのかもしれない。そう思い、最初の内見では黙っていた。

机には二枚の間取り図がある。白く明るい一LDKと、茶色く変色した二DK。前者には大きな一つの未来が描ける。後者には、閉じた扉が二枚ある。

「分けたい。毎日一緒にいるために、一人になれる部屋が欲しい」

郁美が言うと、基晴は間取り図をしばらく見た。

「それ、同棲って言うのかな」

「私には、これしか同棲って呼べない」

返事によっては、申込みをやめるつもりだった。駅前の部屋へ譲るつもりもなかった。

やがて基晴は、五畳の欄に「机」と書いた。

郁美は申込書へ署名した。古い部屋も、長い徒歩も、別々に眠る夜を不安がる基晴も、これから問題になるだろう。線を引けば解決するわけではない。

引っ越したあと、扉の向こうで基晴が何を考えているか分からず、不安になる夜もあるだろう。郁美自身、寂しさに負けて約束を破り、彼の部屋を開けたくなるかもしれない。個室は関係を守る壁ではなく、互いに越えないと決め続ける線なのだと、郁美は分かっていた。

それでも郁美は、二つの名前のあいだに残った余白を消さず、そのまま不動産店の封筒へ入れた。