六本目の白い印
橋桁の下では、川より先に車の音が流れていた。午前零時から五時までの車線規制。その間に連結部のボルトを締め、足場を畳む。それが雨宮杜和に渡された一件だった。
引継ぎでは「一次締め完了」と聞いていた。トルシア形ボルトのナットには白いマーキングもある。あとは本締めし、突き出したピンテールを折ればよい。
五本目までは乾いた破裂音とともに先端が飛んだ。六本目だけ、工具が空回りした。
「不良一本。交換して先へ行こう」
若い作業員が言った。杜和は折れなかった先端より、ナットの白線を見た。線はボルト側とつながっているのに、幅がどれも同じだった。手で引いた印なら、狭い場所では少しずつ曲がる。これは地上で組む前につけた印だ。
杜和は工具を外し、六本目の溝を布で拭った。組立時の防錆油が残り、ソケットが噛み切れていない。
「交換はしない。締めたことになっている全部を戻って見る」
「四時半だぞ」
「印が工程を証明してない」
車線を開ける時刻は動かせない。杜和は作業を二列に分けた。一人が先端と溝を拭き、一人が工具を掛け、自分がマーキングのずれを確認する。締めた後に初めて白線を引き直した。
十三本目で、ナットがわずかに回った。十九本目でも回った。どちらも見た目では分からない。橋は一本の緩みで落ちない。しかし緩んだ一本の負担を、隣の一本が黙って背負う。その隣も、いつか黙れなくなる。
最後のピンテールが折れたのは四時四十二分。足場班が予定を七分縮めてくれた。
規制車が動き、最初のトラックが橋を渡った。杜和は桁の振動を手のひらで感じた。異音はない。
地上へ降りると、別の橋から写真が届いていた。白い線がきれいに並んでいる。
《こちらも確認を頼みたい》
規制担当からは二度、撤収時刻を問う無線が来た。杜和は「確認中」とだけ返し、未確認の本数を伝えた。曖昧な「ほぼ完了」は、地上ではしばしば「完了」として扱われるからだ。
杜和は折れた先端を袋へ入れ、まだ暗い川沿いを次の現場へ向かった。