六階までの配達記録

【配送記録 午後二時十分】

届け先――柳煤団地六〇二号室。

荷物――段ボール二箱、合計二十四キロ。

備考――エレベーター故障中。

受取人の桟敷野鞠江、七十九歳。

玄関前ではなく、一階で待っていた。

「ここで受け取ります。あとは自分で運びます」

規則上、玄関までが配達範囲。

しかし次の時間指定が迫っている。

配送員・御子守岳は迷った末、箱を一つ持って階段を上った。

【二階】

鞠江、もう一箱を両腕で抱えてついてくる。

歩幅、小。

会話。

「何が入っているんですか」

「絵本です」

「二十四キロも?」

「四十七冊あります」

【三階】

配送員、二箱とも持つ。

鞠江、謝罪を五回。

配送員、「謝るたび一段増える決まりです」と返答。

鞠江、初めて笑う。

踊り場で、下校中の子ども二人が箱の絵を見て、「それ、読むやつ?」と尋ねる。

鞠江、「明日から集会室で読む」と回答。

子どもたち、「今日じゃだめ?」と同行開始。

【四階】

事情判明。

鞠江は退職した保育士。

団地の集会室で、外国につながる子どもたちへ日本語を読む会を始める予定。

絵本は昔の教え子たちが送ったもの。

「私も夫を亡くしてから、言葉を出さない日が増えましてね。子どもと一緒に、読む練習です」

【五階】

配送員、息切れ。

鞠江が箱の底を支える。

規則上は、受取人に荷物を持たせてはいけない。

だが一人より軽い。

子ども二人は持てない代わりに、各階の扉を先に開ける。荷物を持つ手は増えなかったが、止まらず歩けるようになった。

【六階】

配達完了、予定より九分遅延。

鞠江、箱から最初の一冊を出す。

題名は『おおきなにもつ』。

「お礼に読んであげましょうか」

配送員、「勤務中なので一頁だけ」と回答。

一頁が終わるころ、階下からさらに子どもたちの足音。

読む会は、明日ではなく今日かららしい。

岳は次の配達へ走った。九分の遅れは一日中取り戻せなかったが、帰庫後の報告書には「交通事情」とだけ書いた。階段の途中で始まった出来事を、遅延と呼ぶ気にはなれなかった。

【一か月後】

営業所へ手紙と写真が届く。

集会室で、鞠江と子どもたちが同じ絵本を囲んでいる。

手紙。

〈六階まで運んでくださった箱から、毎週たくさんの声が出ています。荷物はもう軽くなりませんが、持つ人は増えました〉

【配送員追記】

配達とは、荷物を住所へ運ぶ仕事だと思っていた。

しかし、ときどき箱の中には、まだ住所を持たない居場所が入っている。