内定祝いの割り勘
駅裏の居酒屋で、垣内蒼太は「今日は俺が払う」と三度言った。
三度とも、神崎志保が断った。
「内定の格で会計まで決めないで」
蒼太が決まったのは外資系コンサルタント。初任給は、志保が入る地方病院の事務職より十万円以上高い。早瀬圭介は公務員試験に落ち、卒業後も図書館で勉強を続けることになっていた。
三人はイベント企画サークルで、学園祭のステージを一緒に作った。あの頃は誰が徹夜したかで張り合った。就活が始まってからは、最終面接の数と年収欄で会話が途切れた。
「圭介、民間の内定は?」と蒼太が聞く。
「辞退した。公務員一本だったから」
「一本って、格好よく言うなよ」
「格好悪く言えば、ほかを受ける交通費がなかった」
圭介の父は、就活は本人の努力だと言い、交通費までは出さなかった。
蒼太の箸が止まった。東京までの新幹線代を親が出したことを、圭介は知っている。
志保はレモンサワーを混ぜながら言った。
「私は病院に決めた。母が通院してるから、地元を離れられない」
「やりたかった広報は?」
「面接では『地域医療への情熱』に言い換えた。家族の事情って、志望動機にすると弱く見えるんだって」
蒼太は笑えなかった。自分だけが、事情を夢の言葉に翻訳せずに済んだ。
「でもさ、三年後くらいにまた何かやろうよ」
「三年後の勤務表、もう見えるの?」と志保。
「圭介は受かってるかもしれない」
「受かってなかったら?」
蒼太は答えず、店員を呼んだ。
会計は一万二百円。蒼太が五千円札を出すと、志保は三千四百円を机に置いた。圭介も、千円札三枚と硬貨を正確に並べた。
「そこまでしなくても」
「今日くらい、同じ額にしよう」と圭介が言った。
店を出る前、志保は夜勤先へ向かい、圭介は終電より安い深夜バスを待つと言った。蒼太だけが会社から手配されたホテルへ歩く。
三人掛けの席には、空になったグラスが三つ残った。けれど中央の椅子だけは、圭介が背負っていった参考書の重みから解放され、少し遠くへずれていた。