冷蔵庫が鳴く前に

家電メーカーの深夜窓口で、小鹿野鈴寧は「冷えない」という電話を受けた。

話しているのは、明日の朝に予防接種用の薬を診療所へ運ぶ予定の獣医だった。薬は家庭用冷蔵庫に一時保管され、庫内表示は十二度まで上がっている。

通常なら、電源を入れ直して様子を見る案内から始める。だが鈴寧は、電話の向こうで一定間隔に鳴る小さな音が気になった。

「今の、カチッという音は何秒ごとですか」

獣医が数える。十八秒。冷蔵庫の背面は熱く、少し焦げたような匂いもするという。

鈴寧は型番を確認した。その機種の一部には、起動部品が劣化すると通電と停止を繰り返す例があった。一次切り分けの手順には再起動と書かれている。けれど、熱と匂いが同時に出ている以上、もう一度電気を流す案内はできない。

「電源を入れ直さないでください。安全に届く位置ならプラグを抜き、薬は保冷箱へ移してください」

訪問修理を最優先に変更し、提携先の夜間保管庫も案内した。獣医は最初、そこまで大げさにしたくないと言ったが、鈴寧は音の間隔と型番を一つずつ説明した。

三十分後、回収業者が薬を受け取った。修理担当からは、背面部品に焼け跡があったと連絡が来た。再起動していれば煙が出た可能性がある。

鈴寧は薬の名称を聞いて判断しようとはしなかった。保管の可否を決めるのは獣医であり、窓口の役目は機械と安全の情報を渡すことだ。移送までの庫内温度と時刻を記録してもらい、修理担当にも同じ数字を引き継いだ。曖昧な「ぬるい」より、十二度になった時刻のほうが役に立つ。

「冷えない相談が、火事の相談になるところでした」

隣席の班長が記録を読み、手順書の該当箇所に追記すると言った。

鈴寧はヘッドセットのコードを指に巻きつけかけて、やめた。癖になると断線の原因になる。

手順書の余白には、匂いがある場合は再起動しない、と赤字が加わった。

夜明け前、次の電話が入った。

「洗濯機が、焦げた匂いを出しているんです」

鈴寧は電源を入れ直させる前に、音と熱の有無を尋ねた。