冷蔵庫の棚卸し

日曜の午後五時、奈緒美は冷蔵庫の扉を開けたまま、スマホのメモに在庫を書き出した。

卵 二

にんじん 半分

しなびた小松菜

納豆 一

調味料 たぶん色々

給料日まで五日。口座残高を見たあとでは、「たぶん色々」という曖昧さすら不安になる。奈緒美は一本ずつ瓶を取り出し、賞味期限を確認した。醤油、酢、粒マスタード。いつ買ったか覚えていないナンプラー。旅行気分で買ったまま、一度しか使っていない。

冷凍庫には、霜をかぶった食パンの端が二枚と、保冷剤が六個。保冷剤だけは豊かだった。

午前中、同僚の穂乃が写真を送ってきた。白い皿に盛られたアボカドとサーモンのサラダ。「作り置きした!」という文字の後ろに、整ったキッチンが写っていた。奈緒美はハートのスタンプを返したが、自分の冷蔵庫は見せられないと思った。

棚卸しを続けるうち、野菜室の底から玉ねぎが一個出てきた。少し芽が出ている。宝物を見つけたようで、奈緒美は笑った。

にんじんと玉ねぎを細かく切り、小松菜の黄ばんだ葉だけ捨てる。鍋に水を入れ、全部煮た。コンソメはなかったので、醤油とナンプラーを少しずつ入れた。匂いは和風なのか異国風なのか決まらない。

卵を溶いて流すと、鍋の中だけは急にまとまった。

食パンの端を焼き、粒マスタードを薄く塗る。スープと並べると、見た目は地味だった。写真に撮るほどでもない。けれど、捨てられかけていたものが一食になっている。

奈緒美はスマホの在庫メモを修正した。

卵 一

納豆 一

明日のスープ 一杯分

最後の一行を見て、肩の力が抜けた。明日の自分に渡せるものが、ちゃんと一つある。

穂乃の写真をもう一度開きかけて、やめた。今は誰かの整った暮らしより、自分の鍋の湯気を見ていたかった。

ナンプラーの正しい使い方は、給料日後に調べればいい。今日のところは、食べられる味になった。それで棚卸しは終了だった。

食後、奈緒美は保冷剤を二つだけ残し、残りを捨てた。役に立つかもしれないものを抱え込む癖は、食材だけではないらしい。空いた冷凍庫の隅へ、明日のパンを買ったら置こうと思った。空白も在庫の一つに数えてよかった。