出張申請の同伴者欄

月例取締役会で、直弥は経理主任の汐里へ書類を投げた。

「妻だからって俺の出張に口を出すな。梓紗は部下だ。ホテルが同室だったのは満室だったから。それを浮気扱いして精算を止めるなんて、公私混同もいいところだ」

部長席の隣で、梓紗が小さく笑った。直弥は昨夜、汐里へ離婚を切り出し、「女として魅力がないおまえが悪い」とまで言った。それでも今朝は、三泊分のスイート料金を会社へ払わせるため、承認印を求めてきた。締切まで十分しかない会議へ持ち込み、妻なら人前で逆らえないと踏んだのだ。汐里は私物の携帯も夫の鞄も調べていない。法人決済の不一致通知が、経理端末へ自動で届いただけだった。

汐里が拒むと、直弥は皆の前で自分の電子印を押した。

「俺が責任を持つ。これで文句ないだろ」

「はい。責任者が確定しました」

汐里は申請書を会議用画面へ送った。表示されたのは、ホテル発行の原本だった。直弥が提出した写しでは空白だった「同伴者区分」に、梓紗の氏名と《私的パートナー》の文字がある。

法人割引を使うには宿泊者全員の生体署名が必要だった。直弥は通常料金との差額を惜しみ、ホテル係員から説明を受けたうえで恋人向け申請を選んでいる。二人は安く泊まるため、自分たちで指を当てている。さらに記念日プランを選び、備考欄へ直弥自身が入力していた。

《交際一周年。妻には出張と説明済み。請求書は一名分に見せてほしい》

会議室が凍った。

「ホテルが勝手に書いた!」

直弥が叫ぶと、汐里は改竄履歴を開いた。昨夜、直弥の端末から備考欄を削除した記録まで残っている。彼が経理へ提出したのは修正版で、原本との差分には電子印がくっきり浮かんでいた。

梓紗は椅子から離れようとしたが、社長が扉を施錠させた。汐里は夫を責めなかった。ただ左手の指輪を外し、承認待ちの離婚協議書へ置いた。

社長は直弥が押したばかりの電子印を見つめ、机上の封筒を開いた。

「私的関係の隠蔽、経費詐取未遂、証憑改竄を確認した。営業部長・直弥への懲戒解雇通知を読み上げる」