切符に鋏を入れてください

 与那嶺柚葉の通学駅は、春から無人になった。

 故障したIC改札の代わりに、机と古い改札鋏が置かれた。

〈切符に鋏を入れてからお通りください〉

 初日は面白半分だった。

 柚葉が鋏を握ると、ぱちん、と乾いた音がして、切符の端に三日月形の穴が開いた。

 学校で昼食をとっていると、右手人差し指の爪から、同じ形が欠けていることに気づいた。痛みも血もない。友人に見せても、「前からじゃない?」と笑われた。

 翌日の切符には、小さな櫛形の穴が開いた。

 その夕方、髪をとかすと、右側の睫毛がすべて落ちた。

 三日目は音符。

 音楽の授業で、柚葉だけ「ラ」の音が出せなくなった。喉は震えるのに、そこだけ空気が抜ける。

 四日目は指紋。

 五日目は匂い。

 六日目には、幼稚園より前の記憶が切符の穴から向こう側へ落ちていった。

 駅の机に「鋏を使いたくありません」と書き置きをした。

 翌朝、その下に赤い字が増えていた。

〈未改札の部分は、お客様ではありません〉

 柚葉は鋏を無視してホームへ入った。

 列車は定刻に着いたが、彼女の前のドアだけ開かなかった。車内の乗客たちが一斉に振り向いた。

 彼らの体には穴があった。

 頬に星形、胸に四角、額に細長い切れ込み。穴の向こうには座席や吊り革が見えた。それでも誰も苦しそうではない。むしろ柚葉を見て、規則を守らない子どもを見るように眉をひそめていた。

『切符に鋏を入れてください』

 車内放送が言った。

 机の上に置いてきた鋏が、いつの間にか柚葉の手にあった。

 仕方なく切符を挟む。

 ぱちん。

 今度の穴は、人の形だった。

 体を確かめたが、指も髪も声も残っている。列車のドアが開いたので、柚葉は安堵して乗り込んだ。

 ところが学校の駅で降りると、誰も彼女を避けなかった。肩がぶつかっても振り返らない。鏡には制服だけが映り、中身が透明になっていた。

『切り取った部分は、始発駅でお預かりしています』

 遠い構内放送が聞こえた。

 向かいのホームに、柚葉が立っていた。

 爪も睫毛も声も記憶もそろった、穴のない柚葉だった。彼女は古い改札鋏を手にし、こちらへ微笑んだ。

 翌朝、その柚葉はいつもの友人と列車に乗った。

 透明な柚葉は改札の外から追いかけたが、誰にも見えない。

 机の上には新しい紙が貼られていた。

〈切り取った乗客は、切符として再利用します〉

 足元を見ると、透明な体が薄い長方形に折れ始めていた。

 遠ざかる列車の中で、もう一人の柚葉が鋏を開いた。