割れた皿は接着しない

 父が皿を壁へ投げた夜、母は二人の子どもを連れて家を出た。

 酒を飲んだ父は物を壊し、母の腕をつかみ、翌朝には「覚えていない」と言った。家族はそこで終わった。

 十二年後、父から手紙が届いた。

〈酒をやめて五年になります。謝る機会がほしい〉

 兄は会うと言い、妹は反対した。

「反省したからって、会う義務はない」

「でも、俺は聞きたい」

「お母さんまで連れていく気?」

「誰も強制しない」

 母は二人の話を聞き、自分は会わないと決めた。

 兄妹は支援員の同席する面談室で父と会った。

 父は、金色の線で修復した白い皿を持ってきた。あの夜に割ったものだという。

「壊れても、前より価値が出ることがあると聞いた」

 妹は皿を見なかった。

「家族を皿にたとえないで」

 父の手が止まった。

「直した側が、きれいになったって決める話に聞こえる」

 兄も言った。

「俺は父さんと話したい。でも、元の家族に戻りたいわけじゃない」

 父は長く黙り、皿を鞄へ戻した。

「何をすればいい」

 妹は条件を書いた紙を渡した。

 母へ直接連絡しない。

 住所を調べない。

 許しを求めない。

 会うかどうかは兄妹が毎回決める。

 飲酒した場合、連絡を断つ。

「父親と呼んでもらえなくても?」

「それを交渉しないことも条件」

 父は署名した。

 最初の一年、三人は月に一度、公共施設で四十分だけ会った。父は過去の説明をしようとして止め、兄妹の近況を聞いた。妹はほとんど話さない日もあった。

 二年目、兄が結婚すると報告した。

「式には呼ばない。でも、写真はあとで見せる」

 父はうなずいた。

 三年目、妹は初めて父へ質問した。

「酒を飲みたくなる日は?」

「ある」

「そのときは?」

「仲間へ電話する。家族を理由に我慢したとは言わない。自分で選んでやめてる」

 その答えだけは、妹にも信じられた。

 割れた皿は、最後まで父の鞄に入ったままだった。

 家族は接着されなかった。

 母は母の家で暮らし、兄妹はそれぞれの人生を進み、父とは狭い面談室でだけ会った。

 それでも、壊れたことを隠さず、元通りを要求せず、傷つけない新しい関係を選び直すことはできた。

 再生とは、同じ皿へ戻ることではなかった。