匂いを消した猟師

香猟師メルカが灰色の粉を外套へ振りかけると、勇者ロザンは露骨に顔をしかめた。

「花の香りすらしない。そんな粉で討伐に参加したつもりか」

戦果盤の仮表示は3%。メルカは攻撃魔法も回復術も使えない。できるのは獣道で香を焚き、風向きを読むことだけだった。

標的の血牙母虫は、傷ついた者の匂いを嗅ぐと地中の幼虫を呼ぶ。だがロザンは「呼ばれる前に斬ればいい」と聞かなかった。

谷へ入った直後、母虫の脚が槍兵の肩を裂いた。血の匂いが広がる前に、メルカは灰色の粉を傷口の周囲へ投げた。

粉は血を止めない。ただ、匂いだけを奪った。

母虫は顎を鳴らし、何度も空気を吸った。地面は静かなままだ。ロザンは好機と見て聖剣を叩き込む。

「見ろ、雑魚も出てこない!」

メルカは返事をせず、仲間の足跡へ粉を落として回った。汗、革、油、恐怖。母虫が仲間へ伝える目印を、ひとつずつ風から消していく。

やがて怪物は誰を追えばよいのか分からなくなり、自分の巣穴へ戻ろうとした。そこにはメルカが最初に置いた、母虫自身の抜け殻があった。

敵の匂いだと思った母虫が巣穴へ突進する。狭い岩間に腹を挟んだところを、討伐隊の刃が集中して貫いた。

帰還後、ロザンは「聖剣の威圧で幼虫が怯えた」と語り、メルカの名を報告書から外した。

戦果盤は静かに谷の残留香を読み取った。母虫が仲間を呼ぶため放った臭気。そのすべてが、灰色の粉に吸着している。さらに討伐隊の匂いは戦闘開始直後から記録上消えていた。

「香りがないのは、何もしていないからじゃない」

受付官が粉袋を掲げた。

「全部、消していたからです」

ロザンの背後で、勇者の紋章が戦果盤から剥がれ落ちた。

母虫の巣から戻った兵たちは、自分の外套に残る灰を払い落とさなかった。目立たない粉こそ帰還の印だと知ったからだ。次の依頼書が掲げられると、誰も勇者の聖剣を見ず、メルカが風を嗅いで頷くのを待った。

【再算定完了】

【メルカ・討伐寄与率:3% → 94%】

【隊内順位:最下位 → 首位】

【役職更新:香猟師 → 魔獣誘導官】