十か月と六十年
刻川の東岸では一年が過ぎるあいだに、西岸では五日しか進まない。
橋が崩れた年、ミュラとハザルは十七歳だった。
二つの岸を渡る渡し舟は、東岸の冬至に一度だけ出る。舟の上だけは時間が等しく、二人は毎年一時間会えた。
最初の冬、ハザルは十八歳で、ミュラは十七歳と五日。
十度目には、彼は二十七歳。彼女はまだ十七歳だった。
彼は仕事の話をし、彼女は昨日焼いたパンの話をした。二人にとって「この前」が違うことを、笑い話にした。
三十度目、ハザルは白髪を見せた。
「そっちでは、まだ春も来てないのか」
「四か月前に別れたばかりだもの」
「俺には三十年だ」
ミュラは毎回、次の舟で好きだと言おうと思った。
けれど一年ごとに老いてくる彼を前にすると、去年と同じ言葉を準備してきた自分が幼く思え、言えなかった。
六十度目の冬、ハザルは杖をついて乗り込んだ。ミュラは十八歳にもなっていなかった。
「次は来られない」
彼は笑った。
「だから、やっと言う。ミュラが好きだった。六十年ずっと」
「過去形にしないで」
「君の時間では、まだ十か月だ」
「十か月ずっと好きだった」
ハザルの目から涙が落ちた。
「どうして今まで」
「次に言えばいいと思ってた。私には次が、五日後だったから」
「俺には一年後だった」
二人は初めて手をつないだ。
舟が岸へ着くまでの一時間だけ、恋人になった。
「東へ来るか」
ハザルは訊かなかった。
西岸にはミュラの家族と、これから始まる人生がある。
「待ってくれ」
ミュラも言わなかった。
彼に残る時間は、もう次の冬より短かった。
別れ際、ハザルは六十年使った懐中時計を渡した。東岸の速い時を刻む時計だった。
翌年、舟に彼の姿はなかった。
船頭が一枚の木札をミュラへ渡した。
〈十か月目の恋人へ。私の六十年は、君に会う日を数えるためにありました〉
西岸へ戻ると、時計の針は早すぎる速さで進み続けた。
五日後、また冬至が来る。
ミュラは舟に乗らなかった。
向こう岸に、もう待つ人はいないから。
彼女の恋は十か月で終わり、彼の恋は六十年続いた。
長さは違っても、告白から別れまでの一時間だけは、二人に同じ速さで流れていた。