十一番の注文票
商店街の弁当屋「まる窓」では、注文が十個の日にも十一個作った。
配達票の一番下には、毎日同じ文字があった。
〈十一番 河川敷の青いベンチ 代金済み〉
新人の配達係が尋ねた。
「誰が注文したんですか」
店主の野々垣きぬは、鮭を焼きながら答えた。
「まだ払えない人」
「でも、代金済みって」
「先に払ってくれた人がいるの」
青いベンチへ置くと、弁当はいつも夕方までに消えた。持っていく人は同じではない。作業着の男、乳母車を押す母親、制服姿の少年。空箱だけが翌朝、店の前へ返された。
ある雨の日、箱に紙切れが入っていた。
〈三日ぶりに温かいものを食べました〉
別の日には、
〈面接に受かりました〉
さらに別の日には、子どもの字で、
〈おさかなのかわまでたべました〉
きぬはそれらを、レジの下へしまった。
冬の終わり、店先に閉店の貼り紙が出た。きぬの膝が悪くなり、鍋を持てなくなったのだ。
最後の営業日、新人は十一番を青いベンチへ運んだ。夕方になっても弁当は残ったままだった。
「今日は誰も来ませんでした」
「そういう日もあるさ」
きぬは笑ったが、閉じたシャッターの前から動かなかった。
そのとき河川敷の方から、何人もの人が歩いてきた。
作業着の男は大きな炊飯器を抱えていた。
乳母車を押していた母親は、今では小学生になった娘と卵焼きを持っていた。
制服姿だった少年は、真新しい調理師服で鮭を提げていた。
ほかにも、きぬの知らない顔が続いた。
「十一番を食べた人が、十一番を作りに来ました」
調理師服の青年が言った。
彼らは閉店した店へ入り、台所を片づけ、重い鍋を低い位置へ移した。商店街の大工は、きぬが座ったまま調理できる台を作った。
翌週、「まる窓」は土曜だけ開く店として再出発した。
注文票には、以前より長い欄が加わった。
〈十一番 代金済み〉
〈十二番 代金済み〉
〈十三番 代金済み〉
きぬが驚くと、青年は古い紙切れを差し出した。裏には、三十年前のきぬの字があった。
〈赤ちゃんを抱いて町へ来た日、知らない弁当屋さんに一食いただきました。いつか返します〉
「先に払った人って、きぬさん自身だったんですね」
きぬは首を振った。
「違うよ。町っていうのはね、一つの弁当を、ずっと先の誰かへ手渡すものなんだ」
その日、十三個すべての空箱が帰ってきた。