十七時十二分の踏切
妹の結婚式を三日後に控え、私は六年ぶりに実家へ戻った。母に頼まれた買い物の帰り、通学路だった踏切の前で遮断機が下りる。時計は十七時十二分。胸の奥が、昔と同じ速さで縮んだ。
高校二年の秋、燈子と私は毎日この時間に踏切を渡った。彼女は転校が決まっていたのに、クラスには言えずにいた。最後の登校日、遮断機の向こうから電車の風を受けながら、燈子は私に小さな封筒を差し出した。
「これ、妹さんに渡して。あなたからだと喧嘩になるから」
当時、中学生だった妹は家に帰らず、私とも口をきかなかった。封筒には、燈子が描いた駅前の地図と、「逃げ場所は一つじゃない」と書かれていた。けれど私は、家族のことを勝手に知った彼女が許せず、封筒を線路脇のごみ箱へ捨てた。
その日の夜、妹は保護された。燈子が学校の先生へ相談していたのだと後から知った。感謝も謝罪も言えないまま、彼女は町を去った。
電車が通過し、窓に夕日が一枚ずつ光る。私はスマートフォンを出した。妹とのメッセージ画面には、式の持ち物と集合時刻だけが並んでいる。六年前、父の葬儀で言い争って以来、必要なことしか話していない。
「あなたの結婚が寂しいんじゃない。置いていかれるのが怖かった。おめでとうを、ちゃんと言いたい」
打っては消し、最後に送る。すぐ既読がついた。返事は来ない。遮断機は上がったのに、私はまだ白線の手前にいた。
十七歳の私は、正しい言葉を待ちすぎて何も渡せなかった。燈子の封筒も、妹への気持ちも。けれど、遅れた言葉がすべて無意味になるわけではない。
踏切を渡り切ったところで、スマートフォンが震えた。
「当日、控室で髪留めて。昔みたいに」
線路脇のごみ箱は撤去され、代わりに小さな花壇ができていた。捨てた封筒は戻らなくても、そこで終わった言葉まで捨て続けなくていい。
短い返事の下に、泣き顔のスタンプが一つあった。私は立ち止まらず、買い物袋を持ち直す。十七時十二分の道は、もう帰れなかった日の続きではなく、妹のいる家へ戻る道になっていた。