十三階だけ停まらない
二十三時四十五分。鳴海嵩は無人のエレベーターへ乗り、十三階のボタンを押した。
金色の保守鍵が床へ落ち、乾いた音を立てる。
「十三階です」
到着音は鳴るのに、扉は開かない。表示だけが十二、十三、十二と揺れ、二十三時五十分になった瞬間、照明が消えた。
目を開けると二十三時四十五分。鍵がまた床へ落ちた。
嵩の目的は一つだった。十三階の監視室へ入り、五十分に始まる遠隔バックアップより先に、事故映像を消す。
二周目は非常停止を使った。三周目は十二階から非常階段を駆け上がった。四周目は保守鍵で天井口を開け、ワイヤの脇をよじ登った。どの経路でも監視室の赤いランプが点く直前、二十三時四十五分へ戻された。
「十三階です」
声だけは律儀だった。
六周目、嵩はようやく監視室へ入った。端末には削除予定の映像が静止している。倉庫で倒れた作業員。停止線を越えたフォークリフト。そして運転席の自分。
事故後、嵩は時刻表示を九分ずらし、別の作業員が運転していたように見せた。その男は解雇され、嵩は保守主任へ昇進した。
解雇された男からは、今朝一通だけメッセージが来ていた。
《映像を、一度だけ自分の目で確認させてください》
嵩は削除後に端末ごと廃棄するつもりで、返信していない。監視室の隅では、その未読を示す数字の「1」だけが、赤いランプより弱く光っていた。
削除キーを押す。確認画面。
《完全消去しますか》
「はい」に触れた瞬間、鍵が床へ落ちた。
二十三時四十五分。
七周目、嵩は削除しなかった。映像を労基署と警察へ同時送信し、改竄履歴も添付した。送信完了まで残り十二秒。廊下のエレベーターが開き、いつもの声が響く。
「十三階です」
逃げる時間はあった。非常階段も、保守鍵も知っている。
嵩は鍵を机へ置いた。
二十三時五十分。バックアップが始まり、送信履歴は外部サーバーへ固定された。時計は五十一分へ進んだ。
遠くで警備員の足音がする。嵩は監視映像の中の自分と向き合い、椅子に座った。十三階の扉は、今度はきちんと開いたままだった。