十二秒の母
安食ひかりが母・千佐と話せるのは、一日に十二秒だった。
死者通話は一秒ごとの従量制で、夕方は料金が三倍になる。スーパーのレジで働き、十歳の娘・風花を一人で育てるひかりには、十二秒が限界だった。
毎晩、ひかりは台本を書いた。通話料を捻出するため、昼休みの缶コーヒーをやめ、風花には「節約の練習」と説明した。十二秒は短いのに、家計簿では毎月きちんと一つの費目になった。
〈風花、算数八十点。私は腰痛。来月、家賃更新。心配しないで〉
接続すると、挨拶を省いて一息に読む。母も慣れたもので、短く返す。
『湿布。褒める。値切る。ちゃんと食べる』
十二秒で切れる。たったそれだけでも、ひかりは一日を母へ提出できた気がした。
風花は通話中、決して話しかけなかった。秒数が無駄になると知っていたからだ。学校で嫌なことがあっても、母がメモを推敲している横で黙って夕飯を食べた。ひかりはその沈黙を、風花が聞き分けのよい子だからだと思っていた。
ある夜、ひかりは風花の連絡帳に「友人関係について面談希望」と書かれているのを見つけた。問いただすと、風花は「別に」と答えた。
ひかりは母への台本を直した。
〈風花、学校で問題。何を聞けばいい? 私は母親失格かも〉
回線がつながった。
「風花、学校で問題。何を――」
八秒残したところで、千佐が遮った。
『今夜は私に報告しないで』
「でも、どうしたら」
『その子の十二秒を奪わないで』
通話が切れた。
ひかりは、母のいない画面をしばらく見た。風花は食卓で、冷めたコロッケを箸で崩していた。
「十二秒だけ、話して」
ひかりが言うと、風花は眉をひそめた。
「十二秒じゃ無理」
「じゃあ、十二分」
「それでも無理」
「何分ならいい?」
風花は泣き出し、同級生から無視されていることを、途切れ途切れに話した。二時間かかった。
翌月、ひかりは死者回線を解約した。解約確認の画面で指が止まり、母を二度失うような痛みがした。それでも押した。母を忘れたわけではない。台所で迷うたび、短い命令口調が頭に浮かぶ。
その分、夕食後の食卓を空けた。風花の話は要領が悪く、結論まで長く、同じところを何度も戻った。
ひかりは一度も時計を見なかった。