十年遅れの送信先

「宛先は、最後にもう一度確認してください」

旅行会社で働く春日井美冬は、新人へ毎日そう教えている。航空券も宿泊券も、送り先を間違えれば旅そのものが始まらない。

だから、自分が間違えるとは思わなかった。

高校時代の友人たちとの食事会が終わった夜、美冬は母へ送るつもりでメッセージを打った。

《沢渡周吾に会った》

《十年たっても、隣がいちばん落ち着いた》

《今さら好きだったなんて言えないけど》

送信先は母ではなく、沢渡周吾本人だった。

美冬は駅の階段で立ち止まった。周吾とは高校卒業の日、互いに何も言わないまま別々の町へ進んだ。今夜の再会でも、彼は昔と同じように飲み物の氷を抜き、美冬が人混みで遅れれば歩幅を緩めた。それでも「またみんなで」としか言わなかった。

既読はついたが、返信はない。

発車案内が点滅し、美冬の電車がホームへ入る。乗ろうとした瞬間、後ろから手をつかまれた。周吾だった。息を切らし、さっき別れた店の紙袋を持っている。

「忘れ物」

中には、美冬が席へ置いたままにした旅行会社のパンフレット。表紙は、来月始まる夜行列車の特集だった。食事会で美冬が「一度乗ってみたい」と話したものだ。

周吾のスマホには、その列車の予約画面が開いていた。二人用個室、来月の土曜。同行者の欄だけが空いている。

「宛先を間違えたから、返事はいらない」

美冬が言うと、周吾はパンフレットを彼女の手へ戻し、その手ごと握った。

「間違えたのは宛先だけ?」

美冬は首を横に振った。同行者欄へ自分の名前を入力し、予約を確定する。それから連絡先の《沢渡くん》《周吾》へ変えた。

ホームのベルが鳴る。周吾は美冬を電車へ乗せる代わりに、つないだ手を引いて黄色い線の内側へ戻した。一本あとの列車で一緒に帰るつもりらしい。

「旅行の仕事をしてる人が、電車を逃していいの?」

「旅は、出発より同行者のほうが大事です」

宛先は最後に確認する。

けれど、十年遅れで届いた一通だけは、最初から彼に届くための間違いだった。