十秒後の私
八代千景は、駅前の証明写真機に入り、カーテンを閉めた。
椅子へ座る前に、スマートフォンの音声を再生する。題名は「写真の撮り方」。撮ったのは、半年前に亡くなった大学時代の友人だ。余命を告げられてからも、人の写真ばかり撮り、自分の遺影までセルフタイマーで済ませた。
『千景、免許の更新、今月まででしょ。忘れると思うから先に言っとく』
忘れてはいなかった。ただ、友人の葬儀で写真を選んで以来、レンズの前へ座れなくなった。スマートフォンのアルバムにも、自分の顔が写る写真は半年増えていない。友人が最後に撮った一枚だけが、日付の境目で何度も目に入り、その先へ新しい顔を置けずにいた。今日が更新期限の最終日で、窓口が閉まるまで四十分しかない。
千円札を入れると、機械が釣り銭を硬い音で吐き出した。案内が、背景色を選べと促す。千景が青を押すと、音声の友人が『白い服なら青。たぶん今日も白着てる』と言った。実際、千景は白いシャツを着ている。読まれていたことが悔しくて、口角が少し上がった。
『前髪、右だけ長い。耳にかけて。顎は引きすぎない』
鏡を見る。右の髪を耳へかける。画面には、眠れていない目と、無理に平らにした唇が映っていた。
撮影ボタンを押すと、機械が十秒を数え始めた。友人の音声も、同じところで十から数える。
『十、九、八。肩、上がってる。七、六。息して』
機械の数字と声が、わずかにずれていく。千景は肩を落とし、息を吐いた。
『三、二。笑わなくていい。一』
そのあとに、友人が言い直す気配があった。
『いや、ちょっとだけ笑って』
白い光が狭い箱を満たした。
画面に三枚の候補が並ぶ。一枚目は目を見開きすぎ、三枚目は顎が上がっていた。撮り直しのボタンも光っている。千景はそこへ触れず、口元がほんの少し曲がった二枚目を選んだ。印刷機が動き、下の受け口から温かい写真が滑り出す。
音声はもう終わっていた。千景は四枚つづりの写真を切り取り線に沿って折り、一枚だけを更新申請書の四角へ貼った。