午前三時の投薬承認
救命病棟の申し送り室で、看護師の望月円香は、患者を昏睡させた投薬ミスの責任を問われていた。
「鎮痛剤と筋弛緩剤を取り違えたのは、この子です」
看護師長の灰谷隆造が、空の薬瓶を円香の前へ転がす。薬瓶には彼女の職員コードが印字されていた。
「普段から確認が遅い。昨夜も私が注意したのに、逆恨みして記録を改竄したのでしょう」
患者は処置が間に合い、命を取り留めた。だからこそ灰谷は、個人のミスとして早く片づけたがっている。円香へ差し出された始末書には、免許返納を受け入れる文言まであった。
円香は署名せず、薬品庫の監査画面を開いてもらった。
「私のコードで取り出されたことは認めます。でも午前三時、私は救急搬送に付き添い、別棟にいました」
「カードを貸したのだろう。管理が甘いのも罪だ」
灰谷は笑い、事故報告書へ〈本人による単独操作〉と署名した。
監査官が画面を一段深く開く。
危険薬の取り出しには職員カードだけでなく、責任者の緊急承認が必要だ。承認時には網膜と十秒間の周辺音声が暗号保存される。灰谷が「機械の誤作動だ」と言って普段は非表示にしていた項目だった。
映った網膜は灰谷本人。
続いて、薬品庫前の声が再生される。
『望月のカードを通せ。あいつのミスにすれば、昨月の在庫不足も全部かぶせられる』
灰谷の顔から血の気が引いた。
「編集だ。円香が私を陥れた!」
「この保存方式を選定し、改変不能と認証したのは、あなたです」
監査官は灰谷の署名入り導入書を並べた。薬瓶の印字も、カード番号の後ろに小さく〈責任者代行操作〉と残っている。
院長が円香の始末書をシュレッダーへ入れ、人事部から届いた封筒を開いた。
円香が記録を確認しようとするたび、灰谷は「患者より機械を信じるのか」と叱っていた。その言葉で若い看護師たちは黙らされてきた。だが今、病室から戻った医師が、円香の迅速な異変発見が患者を救ったと報告する。事故を起こした者と、救命した者の名が、ようやく正しい位置へ戻った。
「灰谷隆造。懲戒解雇通知を、ただいま読み上げます」