午前三時の料理人

 私の部屋には、夜中だけ現れる料理人がいる。

 最初の被害は卵六個だった。朝起きると殻が消え、冷蔵庫には完璧なスペイン風オムレツが残っていた。次は鶏肉と葡萄酒。その翌週には、買った覚えのない香草まで届いた。

 玄関の鍵は内側から掛かっている。窓は十階。合鍵を持つ者はいない。

 しかも犯人は、私より料理がうまい。

 架谷創、二十九歳。昼は食品会社で冷凍炒飯を開発しているが、自宅では包丁すら握らない。そんな私への挑戦としか思えなかった。

 粉を床へ撒いた。翌朝、足跡は寝室から台所へ向かい、また寝室へ戻っていた。

「犯人は、俺の靴下を使ったんだ」

 相談した友人の十河真利は、長い沈黙のあと笑った。

「監視カメラを置きなよ」

 午前三時十二分。

 映像の中で寝室の扉が開いた。

 現れた男は目を閉じ、髪を逆立て、私のパジャマを着ていた。つまり私だった。

 眠ったまま冷蔵庫を開け、玉葱を均等に刻み、鍋を振る。火加減を確認しながら、昼間の試作会議で却下されたレシピを朗々と説明していた。

『隠し味は味噌。上司には理解できない』

 完成した煮込みを一口だけ味見し、頷き、台所を磨いて寝室へ戻る。

 私は三回見直した。

「不法侵入じゃなくて、睡眠時遊行ね」

 診察した医師は言った。仕事の疲労と睡眠不足で起きている可能性が高いらしい。刃物と加熱器具は危険なので、夜間ロックを取り付けることになった。

 これで事件は解決した。

 ただし翌週、真利が勝手に映像を短く編集して投稿した。

〈眠りながら本気を出す冷凍食品開発者〉

 動画は三百万回再生され、会社には「この人の料理を商品化してほしい」という要望が殺到した。

 上司は会議室で咳払いした。

「架谷君。この味噌入り煮込みだが」

「却下された案です」

「市場の声は大切だ」

 結局、商品は大ヒットした。

 今では私は毎晩八時間眠り、昼間に料理を作っている。二度と夜中に台所へ立たない。

 ただ、レビュー欄には今も書かれる。

〈起きているときより、前のほうが天才だった〉

 失礼な話である。

 あの料理人も、間違いなく私なのに。