午前二時に咲いた罪

仮面舞踏会の最中、聖女候補の腕に黒い蔓が浮かんだ。

「この呪いは、サフィーヤ様から贈られたリボンに仕込まれていました」

 ハルディス侯爵令息は、婚約者へ冷たい笑みを向けた。

「嫉妬で人を呪う女とは結婚できない。サフィーヤ・サルディス、婚約を破棄する」

 そのリボンは、ハルディスが「二人の和解の印だ」と昼の茶会で渡したものだった。彼は今夜の招待客全員へ、その美談を繰り返していた。だから誰も、贈り物の経路を疑わない。サフィーヤが何を言っても、嫉妬した悪役令嬢の言い訳にされるよう、舞台は先に整えられていた。

 サフィーヤはリボンを見て、むしろ安堵した。証拠が残る種類の呪いだったからだ。

「ゼノビア女大公。逆時花を一輪、お借りします」

 女大公は胸元の銀花を外し、彼女へ渡した。それ以上は何も言わない。逆時花は術者を名指ししない。ただし、残留魔力を吸い、術が刻まれた時刻まで花弁を巻き戻す。だからこそ改竄できない。

 サフィーヤが花をリボンへ触れさせると、銀の花弁が一枚ずつ閉じていった。十一時、十時、九時。やがて夜を越え、午前二時を示すところで止まる。

 広間が静まり返った。

「そのリボンがわたくしの屋敷へ届いたのは、本日正午です」

「配達時刻など、いくらでも――」

「その時刻、リボンは殿下の寝室にありました。午前二時にご自身で祝福したと、先ほど壇上で自慢なさいました」

 ハルディスの仮面の下で、唇が引きつった。呪いを仕込んだのが誰であれ、少なくともサフィーヤではない。彼は慌てて、誤解だった、婚約破棄は撤回すると告げた。

「花は空気を読みませんもの。撤回も必要ありません」

 サフィーヤは仮面を外し、婚約指輪を卓上へ置いた。

「破棄を受諾します。わたくしを疑ったことより、罪を確かめず処刑台へ送ろうとした判断をお返しします」

 彼女は元婚約者に背を向けた。ゼノビアが、南領の魔法裁定官にならないかと手を差し出す。サフィーヤは晴れやかに、その手を取った。