午前二時のコンビニ
午前二時十二分、インターホンが三回鳴った。
風花はソファから立ち上がり、佳澄は玄関のチェーンを確かめた。モニターには、フードをかぶった男の肩だけが映っている。
「さっきの人」
佳澄が言った。駅からついてきて、交差点で一度見失ったはずの男だった。
「話してくる」
風花が傘立てから金属製の靴べらを抜く。バーで働く彼女は、酔客の手をねじ上げた話を笑ってする。佳澄は、揉め事は避けるほどいいと思っている。
「出ないで」
「部屋まで知られてるんだよ」
「だから出ないで」
また鳴った。今度は長押しだった。
佳澄はスマートフォンで時刻を撮り、モニターを録画した。風花は腹を立てたまま、玄関前に置いてあった宅配箱の伝票を室内へ引き入れる。二人とも、自分のやり方が正しいと思っていた。風花は待っているあいだに危険が近づく気がし、佳澄は急いで動くほど危険の形を見失う気がした。
男は五分後に消えた。
「警察、行く」
風花が言うと、佳澄は首を振った。
「朝にする。今は怖い」
「朝になったら、怖くなくなるわけ?」
その言葉に佳澄の顔が固くなった。風花は謝らなかった。謝れば、怖がることを弱さにしたままになる気がした。
代わりに、スウェットの上から上着を着た。佳澄も黙って靴下をはいた。
最寄りの交番は、夜間不在になることがある。二人はまず二十四時間営業のコンビニへ向かった。風花は靴べらを置き、佳澄は録画をクラウドへ送った。エレベーターは使わず、非常階段を下りる。
一階のガラス扉の向こうに、人影はなかった。
「走る?」
風花が尋ねる。
「走らない。転んだら困る」
二人は同じ速さで歩いた。佳澄は周囲を見回し、風花は後ろを振り返った。どちらの警戒が正しいのかは決められないまま、明るい看板までの百八十メートルを進んだ。
コンビニに着くと、女性店員がレジから顔を上げた。佳澄が事情を話し、風花が男の服装を補う。店員は自動ドアをロックし、警察へ電話をかけた。
風花は温かいお茶を二本買った。佳澄はレシートを受け取り、発生時刻の横に丸をつけた。
店の白い光の下で、二人は並んでパトカーを待った。