午前二時の冷却シート
恭介が蓮央の部屋を訪ねたのは、午前二時を少し過ぎていた。電話に出た蓮央の声が明らかにおかしかったからだ。
二人の親が再婚したのは高校時代だった。恭介は大学進学と同時に家を出て、蓮央は「兄なんて頼んでない」と最後まで言い続けた。今では年に一度、母の誕生日に顔を合わせるだけだった。
玄関を開けると、蓮央は床に座り込んでいた。三十九度二分。テーブルには飲みかけの栄養ドリンクが三本並び、薬はない。
「救急車は」
「そこまでじゃない」
「判断する頭が熱で煮えてる」
恭介はコンビニへ走り、水、ゼリー、解熱剤、冷却シートを買った。戻ると蓮央はソファで丸くなっている。汗で濡れたTシャツを着替えさせようとすると、「触んな」と子どものように手を払った。
「じゃあ自分でやれ」
「できる」
「五分待つ」
五分後も同じ姿勢だったので、恭介は背中を向けて替えのシャツだけ渡した。布の擦れる音が止まってから振り返り、額に冷却シートを貼った。
「ずれてる」
「文句言えるなら平気だ」
夜明け前、熱は少し下がった。蓮央はうとうとしながら、「あのときも来なかったくせに」と言った。どのときか、恭介には分かった。母たちが大喧嘩して、蓮央が家を飛び出した夜だ。恭介は試験前で、電話を無視した。
「悪かった」
答えはなかった。寝息だけが戻ってきた。
恭介は台所で米を研ぎ、炊飯器を予約した。冷蔵庫には卵と長ねぎしかない。朝になったら雑炊にすればいい。スマートフォンの充電器が見当たらなかったので、自分の予備を枕元へ置いた。
七時、蓮央が目を覚ました。恭介は帰る支度をしていた。
「仕事は」
「午前休」
「大げさ」
「おまえが電話してきた」
「してない。間違えて発信しただけ」
恭介は反論せず、薬の時間を紙に書いた。玄関で靴を履いていると、背後から声がした。
「充電器、置いてくの」
「次来たとき回収する」
「いつ」
「熱が下がったら連絡しろ」
蓮央はしばらく黙り、玄関の棚を開けた。そこには空いている鍵用の皿があった。彼は充電器のコードを一度丸め、その皿へ置いた。
「忘れんなよ」
恭介が外へ出ると、扉の鍵はすぐには掛からなかった。廊下を曲がるまで、細い隙間から部屋の明かりが漏れていた。