友人席のリボン
「今日は友人席だから」
披露宴会場の席次表を見ながら、神崎毬江は戸部晃生へ念を押した。
大学時代の友人の結婚式。二人は同じ丸テーブルに座り、受付でも写真撮影でも「お似合い」とからかわれていた。晃生は笑って否定し、毬江も同じ速さで否定した。
卒業後、晃生は長崎、毬江は東京。年に二度ほど会い、毎日のように連絡を取っても、距離を越える約束はしなかった。友達なら、会えない時間を責めずに済む。友達なら、次に会える日を決めなくても失望しない。
披露宴が終わると、晃生は夕方の飛行機で帰る予定だった。毬江は駅まで送るつもりで、引き出物を半分持った。
ところが会場の出口で、晃生は空港とは反対側へ歩き出した。
「道、逆だよ」
「便を変えた」
見せられた画面には、翌朝の航空券が表示されていた。今夜のホテルも取ってある。さらに来月、東京行きの往復便が一つ。行き先には、毬江が春になったら見たいと言っていた植物園が登録されている。
「どうして来月まで」
「友人席で終わるなら、今日が最後になる気がしたから」
晃生はそれ以上言わず、胸元につけていた席札のリボンを外した。そこには《新郎大学友人 戸部晃生》と印字されている。彼はその札を引き出物の袋へしまい、代わりに手を差し出した。
毬江はすぐには取れなかった。距離を理由にしてきた年月が、指一本分の隙間へ集まっている。
「来月だけ?」
「再来月も取る。毬江が嫌じゃなければ」
名字ではなく名前で呼ばれ、毬江はようやく彼の手を握った。晃生の指が絡む。集合写真のときは肩が触れただけで離れたのに、会場を出ても、駅へ続く坂道でも、その手は離れなかった。
毬江は自分のスマホで来月の予定を承諾し、件名を《友人と植物園》から《毬江と晃生》へ変えた。
「今日は友人席だからって言ったの、私だよ」
「うん」
「でも、明日の朝までは一緒にいるんだよね」
晃生はつないだ手をコートのポケットへ入れる。
「今日は友人席だったから」
明日から座る場所は、席次表ではなく、二人で決めることになった。