同じ写真に別の記憶
【写真一 兄の運動会】
兄の説明:
〈家族全員が僕だけを見ていた日〉
妹の訂正:
〈靴ひもがほどけた兄を、私がスタート前に呼び止めた日〉
「そんなこと覚えてない」
「転ばなかったからでしょう」
両親の結婚四十周年に流す映像を作るため、兄妹は古い写真へ説明文をつけていた。
【写真二 妹の発表会】
妹の説明:
〈兄が来なかった日〉
兄の追記:
〈壊れた暖房の修理代を稼ぐため、初めて日雇いへ行った日〉
「言ってくれればよかったのに」
「格好つけたかった」
「私は、嫌われてると思った」
「俺は、家族を助けたと思ってた」
【写真三 父の入院】
兄の説明:
〈妹だけが病室にいた〉
妹の訂正:
〈兄が毎朝、病院の駐車場まで送った。仕事へ遅れるから中へ入らなかった〉
二人の記憶は、同じ写真でも違った。
兄には、妹はいつも両親のそばにいる愛され役に見えた。
妹には、兄は家族の外で自由に生きる人に見えた。
編集画面には、〈正しい説明を一つ選んでください〉と表示された。
「どっちを残す?」
兄が聞いた。
「両方」
「文字が多い」
「家族の四十年を一行にするほうが無理」
【写真四 きょうだい喧嘩】
割れた窓の前で、二人が背中を向けている。
母の字で、裏にこうあった。
〈二人とも、自分が私を守ったと思っている〉
その日、父と母が大喧嘩し、兄は妹を外へ連れ出そうとした。妹は母を一人にできないと残った。互いに、相手が逃げたと思っていた。
「母さん、分かってたんだ」
「分かってたなら言ってよ」
二人は同時に言い、笑った。
上映当日、写真の下には二つずつ説明が流れた。
両親は途中で何度も「それは違う」と口を挟んだ。兄妹も反論し、祝いの映像は予定より二十分長くなった。
最後の写真は、編集作業中に撮ったものだった。
机を挟み、兄は腕を組み、妹は画面を指している。
説明文は一つだけ。
〈同じ家族を、違う場所から覚えている二人〉
その違いは、どちらかの嘘ではなかった。
どちらかの記憶を勝たせなくても、きょうだいは同じ写真の中にいられた。