同じ結び目は二度できない
縁結びの国では、恋人になると銀糸を一本ずつ持ち寄り、〈相生結び〉を作る。
結び目には、二人の約束と記憶が絡む。
ほどけない限り、どれほど遠くても互いの居場所が分かる。
イネファとドレイスの糸は、十年ほど一つだった。
ところがドレイスが〈眠り喰い〉の呪いにかかり、夜ごと命を失うようになった。
治す方法は一つ。
相生結びを切り、呪いを糸と一緒に燃やすこと。
「また結べばいい」
ドレイスは言った。
「同じ二人なら、同じ結び目になる」
二人は泣きながら糸を切った。
呪いは燃え、彼は助かった。
春になり、二人は新しい銀糸を用意した。
昔と同じ順番で、右を上へ、左をくぐらせ、最後に同時に引いた。
結び目はできなかった。
糸は指の間で滑り、二本に戻った。
縁師は首を振った。
「相生結びは、まだ別れを知らない二人だけが作れます。一度切った者は、切れることを知っている。糸がその記憶を恐れるのです」
「忘れる薬は?」
イネファが訊いた。
「あります。切った夜を忘れれば、結べるでしょう」
「呪いも?」
「助けたことも、別れを選んだことも」
二人は薬を持ち帰った。
何日も相談した。
あの夜を忘れれば、元の恋人へ戻れるかもしれない。
だがドレイスが生きている理由を、イネファが彼を手放した勇気を、なかったことにする。
「飲もう」
ある朝、ドレイスが言った。
「君とまた結びたい」
イネファは薬瓶を開け、火へ注いだ。
「私は、切れる前の私には戻りたくない」
「どうして」
「あの私は、あなたを失う怖さしか知らなかった。今の私は、失っても生きてほしいと思えた自分を知ってる」
ドレイスは長く黙り、自分の瓶も火へ投げた。
二人は恋人でいることをやめた。
同じ家を出て、別々の町へ移った。
嫌いになったのではない。
結び直せない関係を、結べたふりで締めつけたくなかった。
別れの日、銀糸を一本ずつ手首へ巻いた。
結び目は作らず、端を垂らしたままにした。
「居場所が分からなくなるね」
「それでいい」
「会いたくなったら?」
「自分の足で探す」
何年後か、祭りの広場で二人は偶然すれ違った。
互いの手首には、古びた銀糸が残っていた。
声をかけず、微笑んで通り過ぎた。
同じ結び目は二度できない。
けれど切った糸が無意味になるわけではない。
一度は相手を選び、一度は相手を生かすために手放した。その二つの記憶を、二人は結ばないまま持ち続けた。