名前を食べる槍

橋の中央で魔将の膝が折れた。

ケルシェは槍を引き抜き、すぐ腰の革札を探った。札には炭で三つの名が書いてある。

ミゼラ。ケルシェ。敵将グロウゼン。

勝利の槍《無銘》は、倒した相手の技を持ち主へ与える。その代価として、一勝ごとに一つの名前を記憶から食う。誰の名が消えるかは選べない。最初は酒場の主人だった。次は死んだ父。十一度目には部隊長の名を失い、昨日は橋の向こうで待つ幼なじみの名が危うくなった。

だからミゼラが札を書いた。

「読めば思い出せなくても、誰かは分かるでしょう」

そう言って彼女は笑った。

魔将が息を吹き返し、折れた剣を振った。ケルシェの腕は勝手に動いた。過去に奪った十二人分の剣技が重なり、刃を弾き、喉を突く。

今度こそ敵将は倒れた。

橋の下で待機していた兵たちが鬨の声を上げる。封鎖の術が消え、避難民の列が向こう岸へ動き始めた。勝ったのだ。

ケルシェは革札を見た。

ミゼラ――橋の向こうで手を振る赤髪の女。説明できる。

敵将グロウゼン――足元の死体。これも分かる。

中央の名だけが、意味を持たなかった。札の裏には、ミゼラの字で『中央はあなた。何があっても信じて』と書かれていた。

ケルシェ。

音にしても胸は動かない。誰かの姓か、村の名か。槍を握る手を見ると、指の関節に知らない戦傷がいくつもあった。

ミゼラが駆けてきた。

「ケルシェ!」

彼は反射的に槍を向けた。女は立ち止まり、顔から喜びを消した。

「私だよ。札を見て」

「見た。この名の者はどこにいる」

ミゼラは答えず、彼の胸当てを指した。そこには古い文字で同じ名が刻まれていた。

敵将から奪ったばかりの視界が、彼女の脈拍、重心、次の動きを冷静に測る。十三人分の技は残っているのに、それを何のために振るったかが分からない。

橋の兵が跪いた。

「英雄ケルシェに敬礼!」

ケルシェと呼ばれた男は周囲を見回し、足元の魔将の兜を拾った。内側にはグロウゼンと彫られている。

名のあるほうが自分に違いないと思い、彼はその兜を被った。