唐揚げは三個
野々宮佳澄の弁当には、唐揚げがいつも三個入っている。母は、二個では午後にお腹がすき、四個では眠くなると言う。佳澄が高校を出てから十年、勤め先が変わっても、その数だけは変わらなかった。
海外支社への異動を受けるかどうか、返事の期限は今日だった。期間は二年。父を亡くして一人になった母には、まだ話していない。母は一人で平気だと言うだろう。そして佳澄が飛行機に乗ったあとで、電球が切れても脚立を出し、熱があっても連絡せず、何でも自分で済ませるだろう。
母の強がりを知っているから行けない、と同僚には言った。本当は、自分がいなければ母が暮らせないことにしておきたい気持ちもあった。必要とされなくなる怖さを、親孝行の顔で隠している。それが言えない悩みだった。
昼休み、屋上で蓋を開ける。生姜の香りが風に混じり、衣は冷めても固く歯に当たった。一個目はいつものように二口で食べた。二個目は、母が揚げすぎた端からかじった。
三個目を箸で持ち上げる。昔、遠足の日に母は「最後の一個は、帰る力」と言った。佳澄はそれを信じ、必ず最後まで残した。今日も、帰る場所を失わないためのお守りのように見えた。
けれど、帰る力と、離れない理由は同じではない。
佳澄は三個目を半分だけ食べた。残りをアルミカップへ戻す。完食しなければ母への裏切りになる気がしたが、その半分は、母のために残したのでもなかった。今すぐ答えをきれいに飲み込まないための余白だった。
異動承諾の画面を開き、送信を押す。二年間の予定が確定しても、唐揚げの匂いは消えなかった。
帰宅後、佳澄は残した半分を皿へ移さず、弁当箱のまま母の前へ置いた。
「来月から、この数を自分で決めたい」
屋上の扉の向こうでは、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。佳澄は残した半分を見ても、母を置き去りにする人には見えなかった。母が一人で暮らせるかどうかを、娘の不安だけで決めるほうが、かえって母を小さくしていた。
それだけ言って、箸を添えた。母が食べるかどうかを見る前に、佳澄は異動通知をテーブルへ出した。