四・八三キロで降りる

相良実桜のランニングアプリには、百十二日分の緑色の丸が並んでいた。

毎日五キロ。雨の日は室内のトレッドミル、残業の日は二十三時から。それでも五キロだけは欠かさなかった。丸が一つでも灰色になれば、それまでの自分まで途切れる気がした。

百十三日目、実桜は朝から足が重かった。会社の階段を上がるだけでふくらはぎが張り、昼休みには机の下で足首を回した。帰宅すれば休めると思ったのに、玄関でアプリの通知が光った。

「今日の目標まで、あと五・〇キロです」

見なかったことにできず、実桜はスポーツウェアに着替えた。

ジムのトレッドミルは、ベルトの擦れる音を規則正しく響かせた。一キロ、二キロ。汗より先に息が乱れた。速度を下げると負けたようで、また上げる。四キロを越えたころ、左の脇腹が鋭く痛んだ。

表示は四・八三キロ。

あと百七十メートルなら、二分もかからない。実桜は何度もそう計算した。隣の台では知らない女性が軽やかに走っている。鏡には、顔を歪めている自分が映った。

ベルトの上で、足が一度もつれた。

実桜は非常停止ではなく、速度を落とすボタンを押した。走る数字が、歩く数字へ変わる。まだ痛みは消えない。次に停止ボタンを押すと、四・八三の表示が点滅した。

五に届いていない。

実桜はしばらく、終了画面を見ていた。記録を破棄する項目も、追加で走る項目もある。いつもなら迷わず追加した。

今日は「保存」を押した。

アプリのカレンダーに、緑ではない薄い黄色の印がついた。目標未達成。文字は小さいのに、実桜には大きく見えた。

それでも彼女は台を降りた。ストレッチ用の床には行かず、ベンチに座って水を飲んだ。冷たい水が喉を通るあいだ、黄色の印は消えなかった。

帰り道、実桜は一駅手前で降りなかった。いつも歩数を稼ぐためにしていたことだった。座席に腰を下ろすと、脚の力が抜けていった。

百十三日目の記録は不揃いなまま残った。実桜はスマートフォンを鞄にしまい、窓に流れる夜の店を、数えずに見ていた。