四十六秒後の殺人

午後八時ちょうど、選挙事務所の鍵付き資料室から中継していた弐渡が、画面の外から振り下ろされた金属棒で殺された。参加者が隣室の職員へ連絡し、一分後に扉を開けさせると、弐渡は机に倒れ、内側の窓錠も動いていない。廊下の防犯映像では七時五十九分以降、誰も資料室へ近づかなかった。

疑われたのは選対責任者の板持、対立候補の鹿倉、記者の折戸。三人とも八時には隣棟の公開討論会に登壇し、配信画面へ映っていた。資料室から討論会場までは非常通路を走って二十秒だが、八時の殺害なら全員にアリバイがある。

討論会の進行係は、三人が壇上へ上がった時刻を何度も確認していた。鹿倉は開始五分前から客席へ手を振り、折戸は七時五十五分に生中継を始めている。板持だけは「弐渡から最後の電話が来た」と言って直前まで姿を見せなかった。もっとも、通話の内容を聞いた者はいないため、それだけでは罪にならない。

私は事件映像の時刻を消さずに見た。必要な手掛かりは三つだった。

第一に、弐渡の背後の時計は、襲撃の瞬間に七時五十九分十二秒を示していた。

第二に、映像には毎時五十九分に鳴る庁舎の予鈴が入り、現場の記録でもその夜の予鈴は一度だけだった。

第三に、討論会場の入場記録では、板持が認証ゲートを通ったのは七時五十九分三十八秒で、鹿倉と折戸は五十分以前に入っている。

板持は「時計が遅れていただけだ」と言った。だが予鈴まで同時に遅れることはない。公開討論の配信には、荒らし対策として四十六秒の遅延が設定されていた。

私は受信時刻ではなく現場時刻を示した。殺人は八時ではなく七時五十九分十二秒。板持は弐渡を殴り、閉めれば掛かる扉を出て、二十秒の非常通路を走り、三十八秒に認証を通った。その映像が四十六秒遅れて八時に届いたため、彼は討論会に映りながら殺したように見えた。時計と予鈴が同じ現場時刻を保証し、入場記録だけがその時刻に間に合う人物を板持へ絞る。アリバイを作ったのは距離ではなく、配信の遅れだった。 全員の時計は合っていた。ただ、見ている時間だけが遅れていた。