四本目の息
不動産管理会社に勤める二十四歳の朽網皓太は、事故物件の入居前確認で「四灯」というアプリを使った。地元の家守りが行っていた《灯送り》をAR化したもので、部屋に残る気配を四本の仮想ろうそくへ移すらしい。
管理担当者のチャットには、退職した先輩の注意が固定されていた。
《四本目の火だけは、息で吹き消してはいけない》
一本目は玄関、二本目は台所、三本目は寝室。火を画面上で指先につまみ、窓の外へ捨てる。四本目だけは、最後まで残してアプリを終了する。それが手順だった。
皓太は空室の中央にスマートフォンを立て、画面収録を始めた。三本までは何も起きない。四本目が押入れの前に現れたとき、室内の火災報知器が甲高く鳴った。
実際の煙はない。だが警報連動アプリには〈火元:和室中央〉と表示されている。四本目のAR火が急に大きくなり、天井まで赤く揺れた。
近所から通報されれば面倒になる。皓太は反射的に画面へ顔を寄せ、火を吹いた。
一度だけ。
仮想の炎は消えた。報知器も止まった。
代わりに、押入れの中から誰かが息を吸う音がした。長く、深く、皓太の吐いた分だけ取り戻すような音だった。
点検記録にはこう残した。
【煙感知】なし
【熱感知】なし
【在室者】担当者一名
【音声ログ】呼吸音四系統
四系統の呼吸を波形で比べると、一つは皓太自身だった。残り三つは速度が違い、乳児、成人、老人の順に同じ息を吸っている。吐く音はどの波形にもなかった。端末のマイク利用履歴では、三つとも押入れではなく〈利用者の肺〉から入力されたことになっていた。
皓太が深呼吸するたび、胸の奥で四拍目だけが遅れて膨らんだ。
会社へ戻る途中、管理アプリから入居者登録の通知が来た。空室だった部屋に、氏名空欄の住人が一名追加されている。削除しようとすると〈退去には本人確認が必要です〉と出た。
夜、皓太の自宅のスマートスピーカーが勝手に起動した。家族アカウントは彼一人だけだ。
「新しいご家族の音声を登録しました」
押入れの戸が内側からわずかに動く。
スピーカーは、いつもの明るい声で続けた。
「四人目、おかえりなさい」