四百四拍目
九鬼蓮司の追悼イベントで、最後の未発表曲が予約公開された。
クラブの天井にタイトルが投影される。
『COUNT 4』。
イントロのキックは乾いていた。ドン、ドン、ドン、ドン。四拍ごとに白いストロボが瞬き、フロアの顔を切り取る。元マネージャー、恋人、クラブオーナー、そして音響卓の鷹取潤。
「四つ数えて」
蓮司の加工された声が鳴る。
公式には薬物の過剰摂取だった。蓮司は本番前に必ず同じ栄養剤を飲み、酒も違法薬物も避けていた。それでも楽屋からは空の薬包が見つかり、世間は「天才DJの自滅」という分かりやすい物語を選んだ。だが死ぬ前夜、蓮司は潤にだけ、誰かが栄養剤の瓶をすり替えたと話していた。マスター音源を触れたのは三人。マネージャーと恋人とオーナー。潤はそう警察に説明した。
蓮司は生前、曲の仕掛けを説明しなかった。ただ潤に「数える人間は、自分を忘れる」と笑ったことがある。あの時は、酔った冗談だと思っていた。
Aメロが進むほど、スクリーンの数字が増えていく。100、200、300。曲は四百四拍で終わる設計らしい。客たちは笑いながら拍を数え、スマートフォンを掲げていた。
「四つ数えて。ひとりずつ見て」
四百拍目で低音が途切れた。
潤は卓の停止ボタンを押した。反応しない。予約投稿された映像は配信サーバーから直接流れている。
四百一拍目。マネージャーの顔。
四百二拍目。恋人の顔。
四百三拍目。オーナーの顔。
潤は喉の奥で笑った。やはり三人だ。蓮司は最後まで、自分を疑っていなかった。
四百四拍目。
ストロボが音響卓だけを照らし、背面スクリーンに静止画が現れた。亡くなる前夜の楽屋。栄養剤の瓶を開けている手。指の付け根に、潤しかしていない蛇の刺青。
客席から、息を呑む音が波のように広がる。
「四つ数えて」
蓮司の声が、今度は加工なしで落ちた。
潤は初めて、三人を数える時、自分を数から外していたことに気づいた。
最後の一音はキックではない。無数のスマートフォンが、彼へ向けて録画を開始する電子音だった。