増築届は出ていません

【戸建住宅・現況調査報告】

対象物件:伏見谷家住宅

申告内容:廊下に見覚えのない扉が出現した

 現地確認時、浴室と納戸の間に幅七十センチの木製扉を確認。

 竣工図面に同位置の扉および居室は存在しない。

 外周寸法と室内寸法を比較した結果、扉の奥に部屋を設ける空間はない。

 しかし開扉すると、約六畳の洋室が存在した。

 室内には、二十代女性の衣類、大学の卒業証書、家族旅行の土産物、伏見谷姓の健康保険証があった。証書の氏名は〈伏見谷菜名〉

 居住者三名――夫妻と中学生の息子――は、該当する人物を知らないと回答。

 室内の机から日記を発見。

〈三月二日

 昨日まで妹がいた。朝になると、両親は妹など生まれていないと言った。妹の部屋も消えた〉

〈五月十七日

 祖父の名前を誰も思い出せない。仏壇から位牌が消え、廊下に新しい扉が増えた〉

〈七月九日

 この家は人を消してから、その人の部屋だけを返す。部屋を見つけても、家族は中の人を思い出せない〉

〈八月一日

 今度は私の持ち物が、まだない部屋へ少しずつ移っている〉

 日記の最終頁は前日の日付だった。

〈明日の朝、私は家族から消える〉

 夫妻へ日記を提示したが、悪質ないたずらだとして廃棄を希望。

 息子のみ、室内の女性用時計を見て「姉ちゃんの」と発言した。直後、本人は発言を否定し、姉はいないと繰り返した。

 測量をやり直すため、翌日再訪。

 木製扉は消失していた。

 浴室と納戸の間は、図面どおり一枚の壁になっている。

 居住者は夫妻のみ。

 息子について尋ねると、「子どもはいない」と回答した。

 ただし廊下の反対側に、前日にはなかった小さな引き戸を確認した。

 内部には学習机、制服、息子の名が書かれた教科書があった。

 机上のノートに、鉛筆で新しい一文が追加されている。

〈調査員さん、次はあなたの部屋です〉

 報告者の作業鞄と上着は、現在その部屋の中にある。

 玄関にいる夫妻は、先ほどから私へ「どちら様ですか」と尋ねている。

【管理課追記】

 本報告書を作成した調査員は、当社の在籍記録に存在しない。

 対象物件への訪問予定も登録されていなかった。