売れ残りパンの行列
フェズリの焼く黒パンは、売れ残りと呼ばれていた。
固く、甘くなく、店頭に置いても子どもが欲しがらない。冒険装備を買った客へ無償で包まれるため、帳簿上の売上寄与は2%。新任の販売長は、パン籠を足で押しやった。
「無料品に薪を使うな。客寄せなら菓子を置け」
フェズリは窯の火を落とした。黒パンには、胃の中でゆっくりほどける穀粒と、魔力酔いを抑える塩草が練り込まれていた。遠征中でも腹を壊さず、薬の吸収を邪魔しない。帰還した冒険者だけが、その価値を知っていた。
販売長は代わりに色鮮やかな菓子を装備袋へ入れた。客は喜び、初日の店頭は賑わった。だが遠征先で菓子は崩れ、甘い匂いが魔獣を呼び、空腹のまま薬を飲んだ者は吐いた。装備の不良ではない。それでも帰還できなかった仲間を思う客は、同じ店で剣も鎧も買わなかった。
静かになった売場へ、泥まみれの女斥候が現れた。彼女は空のパン袋を受付に置く。
「フェズリはどこ」
販売長は胸を張った。
「採算の悪い職人は外した。代わりに高級菓子を」
女斥候は袋を握り潰した。
「これは無料品じゃない。帰還まで保つ食事だった。私たちは帰ったあと、ここで戦利品を売り、次の装備を買っていた」
壁の《購買帰路盤》が目を覚ました。商品を渡した瞬間ではなく、客が生きて戻り、次の代金を払うまでを売上として辿る装置だった。剣、防具、薬、素材買取の光が、店頭の英雄像を素通りし、消えた窯へ集まる。
販売長が表示を消そうとしても、文字は焼き印のように残った。
《売れ残ったのではない。売らずに帰還を買っていた》
さらに盤は、パン袋に押された小さな麦穂印を映した。雨の地方へ向かう者には水を弾く包み、寒地へ向かう者には脂を多くした生地。フェズリは行き先を聞き、同じ黒パンに見える品を旅路ごとに変えていた。販売長は、無料品だから中身も同じだと思っていた。
フェズリは近くの広場で小さな窯を借りていた。そこには黒パンを待つ冒険者の列が伸びている。商会長は販売長の徽章を外し、そのままフェズリの前へ膝をついた。
列の先頭にいた女斥候は、遠征で得た希少素材をフェズリの新しい窯へ置いた。黒パンを作り続ける資金にしてほしいという。後ろの冒険者たちも、次の装備を買う店は彼女が決める商会にすると口々に告げた。販売長が高級菓子を無料で配ろうとしても、誰も手を伸ばさない。フェズリは菓子職人を責めず、崩れにくい旅菓子を一緒に考えようと招いた。ただし、帰還を飾り扱いした販売長には、売れ残った菓子の在庫表を渡した。彼が誇った初日の賑わいは、そこに戻る客を残していなかった。
《真価確定:フェズリ 実売上寄与98%》
《売上順位:圏外→首位/役職:試食係→遠征食糧部門長》