夜行バスの三列目

貝塚柚月、西脇慶吾、新海透香の卒業旅行は、片道四千八百円の夜行バスだった。三列目の座席で、柚月が窓側、慶吾が通路側、透香が一列後ろ。消灯後も三人のカーテンだけが少し開いていた。

最初のサービスエリアで、慶吾が缶コーヒーを三本買った。

「東京の配属、決まった」と柚月が言った。「営業。転勤あり」

「おめでとう」と透香。

「めでたい声じゃない」

透香は缶を両手で包んだ。「私は京都の院に受かった。民俗学、続ける」

慶吾が笑った。「二人とも予定通りじゃん」

柚月は慶吾の鞄に貼られた航空会社のタグを見た。「お前は?」

「オーストラリア。日本語教師のアシスタント。二年くらい」

「就職、決まったって言ってたよね」

「親に言うための嘘。お前らにも、そのまま使った」

トラックの風が三人の髪を揺らした。大学一年の時、卒業したら三人で同じ街に住もうと話した。三人で賃貸サイトを開き、存在しない給料で家賃を割り、誰が角部屋を取るかまで揉めた。場所すら決めていない約束だったから、壊れる時も音がしなかった。

「家、どうするんだよ」と柚月が言った。

慶吾は少し考えた。「検索履歴から消しといて」

透香は笑えず、スマートフォンの共有リストを閉じた。

「帰ってくる?」と透香。

「分からない」

「分からないって便利だね」と柚月が言った。

慶吾は空き缶を潰した。「決まってる未来を持ってる奴にはな」

発車の放送が鳴った。バスへ戻る途中、透香が柚月の袖を引いた。

「怒ってる?」

「羨ましいだけ。行き先より、嘘をつけたことが」

夜が明ける少し前、慶吾は途中の停留所で降りた。実家へ寄って、初めて本当のことを話すのだという。

「旅行、最後まで来ないの?」

「最後まで行くと、帰りたくなるから」

扉の向こうで慶吾が手を振った。柚月は通路側へ移らず、透香も前の席へ来なかった。

朝日が差すころ、三列目には未開封の缶コーヒーが一本、シートベルトで固定されていた。終点の係員はそれを忘れ物として外したが、二人は名乗り出なかった。