夢庭は眠りの時刻を知らない
月睡国では、恋人同士が同じ時刻に眠ると、一つの夢庭で会える。
ノエラとザフィクの庭には、青い藤棚と二脚の椅子があった。
現実では山を三つ隔てた町に住んでいたが、夜になれば隣へ座れた。
「今日は何をした?」
「薬草を百束干した」
「僕は水車を直した」
「手が油臭い」
「夢なのに分かる?」
「好きな人の匂いだから」
二人は毎夜、同じ月が窓へかかる頃に眠った。
ところがザフィクが夜番の水門守になり、ノエラは病気の母を看るため明け方まで起きるようになった。
眠りの時刻は少しずつずれた。
最初は庭で待てば会えた。
ノエラが来る頃、ザフィクは椅子でうとうとしていた。
ザフィクが駆け込む頃、ノエラの姿は朝霧へ溶けかけていた。
二人は机へ紙の鳥を置いた。
〈今夜は遅れます〉
〈明日は早く眠れそう〉
〈会えなくても、来ました〉
やがて紙の鳥も短くなった。
〈ごめん〉
〈大丈夫〉
〈また明日〉
その「明日」が、七日後になり、一月後になった。
現実の手紙を書けばよかった。
けれど二人は、次の夜には会えると思っていた。
会えないことを大げさに言葉へすれば、本当に離れてしまう気がした。
ある晩、ノエラは久しぶりに月の時刻へ眠った。
夢庭には椅子が一脚しかなかった。
ザフィクの椅子があった場所には、白い草が伸びている。
夢庭は、長く使われなかった物から消していく。
ノエラは夜明けまで待った。
ザフィクは来なかった。
同じ頃、山の向こうでザフィクも眠っていた。
だが彼の夢には、藤棚のない別の庭が現れた。
ノエラが来なくなったから、夢が二人の道を別々に作り直したのだ。
二人はそのことを知らない。
互いに、もう相手が眠る前に自分を思い出さなくなったのだと考えた。
手紙は出さなかった。
責める言葉も、別れの言葉も、どちらの手元にもなかった。
数年後、ノエラは旅人から、水門の町で腕のよい技師が働いていると聞いた。
名前を訊きかけて、やめた。
その夜、彼女は一人の夢庭で、消えずに残った椅子へ座った。
もう一脚を作ろうとは思わなかった。
ザフィクも遠い町で、ときどき青い藤の夢を見た。
目覚めると、その色だけが胸に残った。
二人の恋は、誰かが扉を閉めて終わったのではない。
同じ時刻に眠れない夜が積もり、いつのまにか別々の夢になったのだった。