夫婦口座
須王佳澄と十倉泰一は、結婚するとき寿命を共同口座へ入れた。
互いに十年ずつ。病気や事故で一方の残りが一年を切れば、自動的に相手から補填される。愛を数字で証明するのは悪趣味だと笑いながら、二人は契約端末へ指を重ねた。
二十年後、佳澄は陶芸家として初めて海外展へ招かれた。だが渡航前の検査で難病が見つかった。進行を止める治療には、共同口座の八年を使う必要がある。
「使おう」
泰一は即答した。
佳澄は拒んだ。八年を使えば、泰一の予測死亡年齢は六十一になる。彼は小学校の用務員で、退職後に二人で海辺へ移る計画を楽しみにしていた。
「私の作品のために、あなたの老後を焼けない」
「作品のためじゃない。君が生きるためだ」
言い争いの末、佳澄は一人で契約解除を申請した。しかし共同口座は双方の同意がなければ閉じられない。泰一は翌朝、八年をすべて佳澄へ移してしまった。
治療は成功した。佳澄は怒り、半年間ろくに口を利かなかった。海外展も断った。奪った年月で夢を叶えることが、裏切りに思えたからだ。
ある日、泰一が学校から壊れた植木鉢を持ち帰った。
「直してくれないか。卒業生が作ったものらしい」
佳澄は割れ目を金で継いだ。直った鉢を見た泰一は言った。
「欠けたところを隠さないのが、君の仕事だろう」
佳澄はようやく、自分の人生にも同じことをしてよいのだと思った。
海外展へ出した新作は、二つの器が一つの底を共有する形だった。片方へ水を注ぐと、もう片方の水位も上がる。題名は『夫婦口座』。
作品は高く売れた。佳澄は代金で寿命を買い戻そうとしたが、泰一は首を振った。
「他人の八年で帳尻を合わせたら、今度はその人の老後を奪う」
二人は海辺へ移る計画を前倒しした。泰一は五十八で退職し、佳澄は工房を開いた。六十一歳の誕生日、二人は予測死亡日を黙って迎えた。
泰一は翌朝も起きた。六十二も、六十三も迎えた。
七十歳になった年、先に逝ったのは佳澄だった。
共同口座に残高はなかった。けれど泰一は、彼女の器を毎朝使った。寿命は分けられても、どちらの年だったかを人生の途中で見分けることはできない。
だから泰一は、長生きを佳澄への返済とは呼ばなかった。二人で使い切れなかった共同財産と呼んだ。