失踪届は四拍子

警察署の相談室で、失踪者の歌が鳴り始めた。

綾部冬真が提出したのは、妹・伽夜の部屋から見つかったUSBだった。イントロにはドアを四回叩く音。続いて、息の薄い合成音声が歌う。

「見つけないで」

冬真は机を強く叩いた。妹は人気の歌い手で、彼が配信管理も収支も担当していた。配信時刻、交友関係、衣装、食事まで「炎上を防ぐため」と決め、妹の端末には位置確認アプリも入れていた。三日前、収録へ行くと言ったきり戻らない。最近は匿名の誰かと連絡を取り、兄を信用できないと漏らしていたという。冬真は「悪い相手に洗脳された」と刑事へ訴えた。

Aメロでは、地下鉄の改札音がキックに混じった。四拍ごとに駅が一つ進む。冬真は地図を開き、妹が連れ去られた経路だと説明する。

「見つけないで」

刑事は無言で再生画面を拡大した。音量バーの左右が、駅名の文字数に合わせて揺れている。終点から逆に読むと、郊外の住所になる。冬真は立ち上がり、「今すぐ保護しに行く」と叫んだ。

サビで、伽夜の生声が初めて入った。泣いているように震えていた。

〈財布は兄が持っています〉

〈仕事を断ると部屋の鍵を閉められます〉

〈配信中だけ、笑えと言われます〉

冬真は加工された偽物だと否定した。しかし伴奏の後ろで、彼自身の声が鳴る。歌え。謝れ。数字が落ちたら食事はなし。壁越しに録られた低い命令が、ベースのように繰り返される。

相談室の扉が開き、女性支援員が入ってきた。USBの曲は、伽夜が避難先から警察へ送るために作った音声申立書だった。住所は連れ去り先ではない。冬真に知られないよう、保護命令の担当部署だけが読める符号だった。

最後の一音で、再生画面に送信済みの文書が現れる。

〈接近禁止命令申立人:綾部伽夜〉

〈対象者:綾部冬真〉

冬真は椅子を蹴り、妹の居場所を吐けと怒鳴った。刑事は彼の前へ録音中の端末を置く。

スピーカーから、三度目の声がした。

「見つけないで」

誘拐犯へ向けた救難ではなかった。失踪届を出した兄こそが、彼女から逃げる場所を奪ってきたのだ。