妹の未成年口座
砥上侑玄は通勤電車に乗るたび、十二分を寿命口座から払う。改札の表示が「四十七年」から少し減っても、気にしたことはなかった。十二分なら、帰宅して動画を一本見るより短い。
妹の花璃が十八歳になる朝、家族口座の管理権が彼女へ移った。
ケーキを切る前に、花璃の端末が鳴る。
《未成年口座を開示します》
《売却済み寿命:二十三年百九日》
《現在残高:百九十二日》
笑っていた花璃の顔が止まった。
未成年者の寿命は、保護者が生計維持や家族医療のために売却できる。それが唯一の規則だった。
取引履歴には、侑玄の名前が並んでいた。
《急性白血病・治療費》
《受益者:砥上侑玄》
《支払元:砥上花璃・未成年口座》
侑玄は六歳のときに大病をした。長い入院と、母が夜中に泣いていたことだけ覚えている。治療費をどう払ったかは、聞いたことがなかった。
花璃は画面を指で送る。
「私、三歳だって」
最初の売却は、彼女が言葉を覚える前だった。
「返す」
侑玄は自分の残量を移す画面を開いた。
「二十三年、全部返す」
市場が計算を始める。
《未成年時に売却された寿命は、成人後の市場価格で買い戻します》
《必要支払寿命:四十六年二百十八日》
侑玄の残りは四十七年と少し。通勤の十二分、朝のコーヒー、ゲームの追加料金。軽く使ってきた時間を全部合わせても足りる。
「押すぞ」
花璃が端末を奪った。
「兄ちゃんが百九十二日になるじゃん」
「元々、お前の時間だ」
「でも、私が売ったんじゃない」
二人の間で確認ボタンが光る。
母は一年前に亡くなっていた。問い詰める相手も、謝る相手もいない。
花璃はケーキのろうそくを見た。
「来年の誕生日、来るかな」
侑玄は答えず、彼女の手ごと確認ボタンを押した。
《四十六年二百十八日を支払いますか》
花璃が最後まで指を離そうとしたため、生体確認が二人分の同意と判定した。
決済後、彼女の残量は二十三年へ増えた。
侑玄の表示は《百八十三日》。
通勤定期の自動更新通知が届く。
《次月分:寿命八時間》
花璃はそれを解除した。
「明日から、駅まで一緒に歩こう」
次の誕生日まで二人で歩ける日数は、画面に出なかった。